弱さとともに抱いて眠れ




昔から雷が苦手だ。
たぶん、まだ幼かった私には、大きな音と空を裂く稲妻が、とても怖かったのだと思う。未だに身構えてしまうのは、そんな印象が根強く残っているからだろう。

しんとした静けさが揺蕩う部屋の中にたった一人というのは、いくつになっても心細い。


布団をかぶってやり過ごしながら、携帯を眺める。入力欄に残っているのは、何度も送ろうとしてやめた言葉。『まだ起きてる?』なんて、きっと怪しまれる。変に聡い彼のことだから、気付かれてしまうかもしれない。弱い私は、あまり見せたくないなあ。


目を伏せると、嫌でも拾う強い音。
布団越しでも分かるフラッシュのような光に、思わず体が震えた。

一人は寂しい。でも、ヒーローになる為にはそんなことも言っていられない。嵐の中で活動することだってある筈だった。
そう、言葉を消そうとした時、通知音が鳴った。驚きとともに指が触れたのは、送信ボタン。


『起きてるか』
『まだ起きてる?』


数秒と変わらない時間に、同じ文字が並ぶ変な画面。もしかして、彼も私と一緒なんだろうか。そんなことがあるわけもないのに、普段の様子からは想像も出来ない姿にちょっと笑ったところで『真似すんじゃねえ』と、また通知音が鳴った。


『してない』
『しとんだろが』
『同じタイミングで同じこと送るって凄いね』
『話逸らしてんじゃねえクソが』
『ちょっと暴言』
『ぶっ殺す』
『不穏すぎる(笑)』


イライラしている赤い瞳が安易に浮かんで、文字通り頬が綻ぶ。

携帯の光に照らされた布団の中は、雷の光が気にならないくらい、明るくて眩しい。でも、ゴロゴロと窓の外で響く轟音は変わりなく、肩の力は抜けないまま。
せめて電話が出来れば、イヤホンをつけて音量を上げて、彼の声しか聞こえない環境を作れるのに、と愚考する。


『今話せない?』


ダメ元で打ってみたお願いは『何かあんのか』と、いつもの調子に一蹴されてしまった。仕方なく諦めつつ返事を探していると、呼び掛けるようなメッセージが増えていく。

おい。
どうした。
なんか言えや。

慌てて指を動かしかけたその時、飛び込んできた文字に思考が止まった。


『怖いんか、雷』


連絡をすることすら躊躇っていた数分前を思い出して、自分の単純さに溜息がこぼれる。爆豪くんが相手をしてくれると、つい欲ばかりが溢れて駄目だ。

誤魔化しにと強がった顔文字を送ってみたが、返事の代わりに数分経って聞こえたのは、ドアノブが回される音だった。
もちろん鍵が掛かっているそれが開く筈もなく、聞き慣れた舌打ちの後、再び通知音が鳴る。


『開けろや』


ねえ、何で来ちゃうの。
服は寝巻きだし、顔も作ってないし、髪はボサボサだし、部屋だって片付けていない。見られたら困るものなんてないけれど、好きな人の前では精一杯着飾っていたい乙女心だって多少はある。

そんな事情なんて知ったことかというように蹴られた扉に、慌てて布団から飛び出た。皆を起こすような物音は、お願いだからやめて欲しい。


「遅え」
「来るなら言ってよ…」


扉を開けるなりズカズカと入ってきた爆豪くんに文句を垂れつつ鍵を閉める。
途端、室内を照らした稲光に全身が固まって、随分遅れて響いた雷鳴に肩が跳ねた。背後からの視線が痛い。いつも上ばかり見ている彼のことだから、弱い私を見せると幻滅されそうで、それもまた怖い。

震えそうな足を必死に抑えてベッドへ戻る。一緒になって潜り込んできた彼に壁際へと押しやられれば、あまりの狭さに密着せざるをえない肌が熱を孕んだ。


「いい加減ベッド買い替えろや。狭え」
「半分払ってくれるなら考える」
「あ?んで俺が出さなきゃなんねえんだ」
「私だけだったらこれで十分だよ」
「一人で寝れねえのは誰だよ」


図星を言い当てられてはぐうの音も出ない。

背中へ回された腕に引き寄せられ、体温が少しだけ上昇する。
視界を覆った真っ黒なTシャツは、光が届くことを許さなくて、いつもより速いような気がする二人分の心音が鼓膜を塞ぐ。


「ったく、何が"今話せない?"だ。来て欲しいならそう言えや、めんどくせえ」
「別に、声聞ければ良かったから」
「どうせ、雷の音が紛れたらいいなあ、とか思ったんだろ」
「……ごめんねかっちゃん」
「やめろ。くそデク思い出させんじゃねえ」


今夜二回目の舌打ちに、どうしてか安心する。
口調は荒いのに怒気が感じられないのは、機嫌が良いからなのか、眠いからか。
この様子だと、あまり私に対する印象に変化があるわけではなさそうだ。良かった。心配するようなことは、何もなかったのかもしれない。


「…雷苦手なの、知ってた?」
「知ってたっつーか気付いた」
「さすがかっちゃん」
「てめえはいちいち癇に障る…」


彼の気配が少し苛立ったことに、思わず笑う。緑谷くんの存在は、よっぽど鼻に付くらしい。
もう少しからかってやろうか、なんて私の悪戯心を遮るように聞こえたのは、低い音を伴った吐息。


「サッサと寝ろ」
「ぶっ」


無理やり後頭部を押さえこまれ、しっかりした胸板に顔が埋まる。抗議しようにも息が出来ない。
なんとか俯いて空間を確保した時、雷が気にならなくなっていることに気付いて、苦笑した。



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