彷徨うゆふぐれ




「ねえ、まだ教えてくれないの?ホークス」


女性らしさが垣間見えるワンルーム内。焦茶色をしたソファーの上で、いつもはくりっと丸い瞳を逆三角形にしたなまえさんが口を尖らせた。どこか拗ねたような声色はしかしねだるようにも聞こえ、愛しさばかりを掻き立てる。


懇親会という名の立食パーティーでウェイターをしていたなまえさんと知り合い、清いお付き合いが始まって二ヶ月あまり。最初こそ探り探りだったものの、今では遠慮も緊張もすっかり解け、とうとう俺の本名を欲するようになった。こうして家にお邪魔する度『ねえまだダメ?』と不服そうに甘えてくる姿がなんともいじらしい。

でも残念。なまえさんのためにも一生内緒。本当は俺だって教えてあげたいし呼んで欲しいけど、どう頑張ったって“ただの男”になれない以上、身勝手な希望的観測だけで一度捨てた名前を拾うわけにいかない。ましてや相手は一般市民の女性。ヒーロー社会の闇はもちろんのこと、そっち方面の俺もやっぱり一生知らなくていい。


「すみません。プロ界隈も色々面倒が多くて、俺のはトップシークレットなんですよ」
「恋人にも?」
「逆ですって。恋人だから余計に言えないんですよ。危険な目に遭わせたくないじゃないですか」


ぱちぱち瞬いた瞳を覗き、首を傾ける。軽いリップ音が鳴るようにキスしてやれば、バツが悪そうに押し黙った。代わりに伸ばされた細腕が、問答無用で首へと回る。

あーこれは、甘えたスイッチ押してしもうたな。

風呂上がりのいい匂いが鼻腔をくすぐり、柔らかな体躯が膝を跨いだ。空気さえ追い出すように少しの隙間も許さない温度がぴったりくっつく。素直に湧いた熱は、理性フル稼働で抑えつけた。大事に大事にしたいから、なまえさんの心の準備が出来るまで手は出さないと決めていた。


title すいせい




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