君がいるなら、それだけで




爆豪くんは、個性も我も強くてセンスも良いなんでも出来る才能マンで、そのくせ素直じゃなくてすぐ物騒な言葉を吐くくらい暴力的で、他人にも、きっと自分にも不器用な人だ。

初めはそんな感じであまり関わりたくなかったのだけれど、狭いコミュニティの中で数ヶ月を過ごす内に、気付いたことがある。


皆の輪に背を向けて、一人でいる時。
爆豪くんは、眉間にシワのない、いっそ怖いくらいに静かな表情をすることがあって、そんな時は決まって、誰の言葉にも返事をせず、さっさと帰ってしまう。

たぶん、切島くんに言わせれば"変な爆豪"程度。
緑谷くんの寂しそうな表情の真意は分からないけれど、声を掛けようとはしないようだった。
だからこそ、放っておけないというか、何というか。


どんな言葉も、このざわつきには不似合いな気がして難しい。何とも表現しがたい心境に、当の私でさえ戸惑いが大きいのだから扱いに困る。
ただ、爆豪くんがいつもと違うことを肌で感じるようになった今、やっぱり、敢えてそっとしておくことは出来そうになかった。


ノックをして待つこと数分。
ガチャリと開いた扉の向こうにいる爆豪くんは、私を見るなり顔を顰めた。


「何か用か」
「ちょっとだけいい?」


少し考えるように黙った彼は、私の他に人がいないことを確認してから「入れや」と言った。

いつも威嚇したり怒鳴ったりするはずの声はひどく落ち着いていて、たったそれだけのことなのに、違和感が膨らんでいく。


初めて入らせてもらった室内は綺麗に片付いていて、とりあえず床に腰をおろすと、丸いクッションが投げられた。座布団代わりにしろってことなのかな。


「ありがと」
「別に何もしてねえわ。んなことより何の用だ」


ギシ、とスプリングが音を立てる。ベッドに座った彼の瞳は、珍しく床ばかりを見ていた。


「なんか、いつもと違うから…大丈夫かなって」
「ハッ、てめえに心配される覚えなんざねえんだよ。んなくだらねえこと言いにわざわざ来たんか」


いつもと何ら変わらないはずの物言いは、どうしてか、わざと突き放すような言い方をしているように聞こえる。

苛立っていることは分かるのに、やっぱりどこか静かで、どこか寂しげで。
何を思っているのか分からないというのは、こんなにも不安なことだっただろうか。


相変わらず交わらない視線。せめて視界に入ろうと、ずるずるクッションごと移動する。
彼の瞳がほんの少し丸まって、嫌そうに眉を寄せられたけれど、緑谷くんのように、ただ見守るだけが正しいとは思えない私にとっては、最良の選択だった。

まあ、緑谷くんの場合は何か理由があるからこそ何も出来ないんだろうけれど、私はそうじゃない。
私と爆豪くんの間には、きっと何もない。


「たまに、遠く感じることがあるの」


関係性を表すに相応しいのは"クラスメート"なんて薄っぺらい言葉。
思えば、ふとした瞬間に、それを歯がゆく思う時もあった。


「先週くらいからそんな感じがあって、爆豪くんが離れていくのは嫌だなって」
「っ、くく…」
「…何で笑うの」


こっちは真剣に話してるっていうのに、一体何が面白かったのか。急に吹き出した爆豪くんは、顔を伏せて肩を震わせている。

不満はあるものの、希少価値の高い笑顔が見てみたくて身を乗り出せば、顔を押さえられてしまった。女の子の顔を片手で押さえるのはどうかと思う。爆破されれば一溜りもない。

仕方なく、爆豪くんが満足するまで大人しくしていると「俺ばっか気にしすぎなんだよバーカ」といつも通りの声が鼓膜を震わせる。

節ばった指の隙間から見えたその表情は、どこか吹っ切れたように笑っていた。






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