祈らずとも朝日はやさしい




失敗した。何をって、個性の調整を。
力み過ぎてしまったらしい足は、すっかり産まれたての子鹿状態。耐えきれずに座り込んだが最後、膝が笑ってろくに立てやしない。

あーあ。これは這い蹲ってスマホを取りに行くしかないかなあ。この歳でほふく前進だなんて全くもって笑えない。腕とかお腹とか膝とか足の甲とか、それはそれは至る所が擦り傷だらけになるパターン。やだなあもう情けない。自業自得だって、もちろん分かってるけど。


「あー……」


演習場の地面に転がり、遠くに見える天井の骨組みを数える。いわゆる現実逃避。いや、こんなことをしている暇は微塵もないのだけれど、時間が経てばマシになるかなって淡い期待が現在進行形で裏切られつつある今、ちょっとくらい許して欲しい。っていうか全然マシにならない。むしろ感覚がなくなってきているような気がする。畜生。まさかこんなに負荷がかかるだなんて。

肺に溜まった空気を追い出し、気だるい四肢を投げ出す。一旦落ち着こうと瞼を下ろした暗闇の端。確かに近付いてくる足音は、良く知っていた。


「相澤先生丁度良いところに」


開いた視界の中、照明を遮るボサボサ髪は怪訝そうに眉を潜めた。


「嫌な予感しかしないが、どうした?」
「そうやって一応聞いてくれるとこ大好きです」
「……そうか。頑張れよ」
「あああ待って待って置いてかないでごめんなさい……!」


無情にも通り過ぎようとした先生を慌てて呼び止め、ごろんと反転。腕を突っ張って上体を起こし「ちょっと助けて欲しいですマイヒーロー」と、アザラシよろしくずりずり進む。土やら小石やら。どうしても擦れる皮膚が熱かったけれど、おかげで痛み分くらいの気は引けたらしい。珍しくぎょっと目を見開き「お前のじゃねえが」なんて律儀に断りを入れながらも、ちゃんとしゃがんで手を伸ばしてくれた。

また大人しく反転し、揺れる心配もないほどしっかり肩裏を支えてくれた腕に凭れかかる。本来ヒーローの卵として甘えるべきじゃないのかもしれないけれど、今はただの女の子でいたかった。


見た目以上に厚みのある胸板へ頭をこてん。


「何したんだ」
「加減ミスっただけです。骨は生きてます」
「お前な……俺が来なかったらどうするつもりだ。プルスウルトラ精神は構わんが、単独練習は万が一ってこともある。少しでもミスる可能性があるなら、クラスメイトでも教師でも、せめて誰か引っ張っておけ」
「あの、ごもっとも過ぎて全然ぐうの音も出ないんですけど、これでも反省してるのであんま言わんでください。……泣いちゃいます」


わざと冗談めかした言葉で、つい震えてしまいそうな涙腺を律した。ただでさえ自己嫌悪が渦を巻いているところ。気分はすっかりブルーだし、こぼれ出るのは溜息ばかり。先生の顔だって見れそうにない。ああでも、迷惑をかけていることに変わりはない。せめて謝罪くらい言っておかないとダメだ。彼は家族でも友人でも恋人でもない。社会的義務を果たしに来ただけの“先生”。


「いいかみょうじ」


呼ばれるままに持ち上げた視界の中心。普段よりずっと近くで真っ直ぐ私を映すその瞳に、思わず喉が詰まった。


「個性ってやつは厄介でな。残念ながら体当たりで覚えていくしかないことが殆どだ。だからこそ雄英があり、俺達教師が在籍している。お前の経験が無駄になることはないし、頼ることが間違っているわけでもないよ」


反省出来たなら、次に活かせばいい。言外に差し出された励ましを敢えて言い表すなら、たぶんそんな感じ。

縮こまっていた心臓が大きく震え、冷えた指先に血が巡る。


「上手ですね。慰めるの」
「事実を言っただけだ」


答えた先生は片方の口端を吊り上げてみせた。それから私を抱え直し、立ち上がる。一瞬の浮遊感はすぐに治まった。抜群の安定感がなんとも心地いい。さすがはプロヒーロー。私の一等好きな人。


title Bacca




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