爆発さん太郎さんの購入履歴




※【きみは自己中】と同設定



食料やら日用品やらを買って家に帰ると、昼間はなかった黒いモンがリビングにあった。今流行りの最新スマートスピーカー、エレクサ。話し掛けりゃ大概のことは応える上、そこらじゅうのテレビや照明・扇風機なんかと連動すると、声一つで操作出来るようになるっつー優れモン。しかし買った覚えはねえ。つかうちには必要ねえ。心当たりがあるとすれば、1週間くらい前に届いた『最新クレジットカード利用のお知らせ』だ。

(……あのクソ女、また勝手に俺ので買いやがったな)

ふつふつ煮え出す苛立ちを、舌打ち一つで外へ逃がす。とりあえず未だ袋の中に詰まっている食材を冷蔵庫にぶっ込んで、それから俺のアカウントで俺のカードを使っただろう寝坊助がいる寝室へ向かった。


電気をつけ、黒一色の平らなダブルベッドを見下ろす。液体化する猫みてえに薄っぺらいなまえの体は、正直どこに入ってんのか分かりゃしねえ。仕方ねえから「おいなまえ」と呼んでみた。が、案の定起きる以前に身じろぎ一つしやがらねえ。クソが。そもそも彼氏様が帰った時点で起きてこいや。


「……チッ」


まあいい。死んだように寝てやがんのはいつも、ってーより、ガキの頃からそうだと布団を引っぺがす。覗いた背中はシーツとすやすや同化していた。気持ち良さそうに寝やがって。肩甲骨が二本浮いた間を片手でぐに、と押せば「ん"な、」と鳴いた。猫かテメェは。


「オラ起きろクソ寝坊助。テーブルのん何だ」
「んんー……」
「おい、目ェ擦んな」
「んー……」


横になりつつ頻りに瞼を擦る手首を掴んで止めれば、にへら。「おかえりぃ」とぽやぽや笑ったなまえが、舌っ足らずに俺の名前を口にした。そうして起こせと言わんばかりに伸ばされたのは白い細腕。……ったく。たったこんだけで腹の虫がおさまる俺も、結構キてんじゃねえかヤベェなとたまに思う。

求められるままなまえの腕を俺の首へと絡めさせ、やっぱり猫みてえに軽い体躯を赤子よろしく抱き上げる。ぼさぼさの髪を流してやれば、肩に埋まって落ち着いた。


「かつき外のにおいする」
「買いモン行ってたからな」
「あれ、今日おやすみ?」
「ああ」
「う? でも朝ベッドにいなかったよね?」
「アホ。いつまでもダラダラしてるわけねーだろ。つかテメェも、たまには自力で起き上がれや」
「えー……勝己の抱っこ好きなんだけどなぁ」


引っ付く腕の力が、ぎゅうっと強まるや否や、腰に脚が回された。最早コアラもいいとこだ。どうやら休みと知った今、離れる気が綺麗さっぱり失せたらしい。ンとに甘え方だけは一丁前ですこぶるウゼェ。

息を吐きつつシンクへ移動。まず歯磨剤をつけたなまえの歯ブラシを口に突っ込んでやり、歯磨きだけはきっちりさせた。





「で?ンだあれ」
「ああ、エレクサのこと? メリカリでポチッたの」
「ポチッたの、じゃねーわ。事前報告しろっつっただろ」
「なんかすっごい便利なんだって」
「聞けやコラ」
「メリカリにね、“彼氏が嫉妬するので名残惜しくもお別れです”って書いててさ。もんの凄く喋ってくれるみたい」
「そうかよ」
「でもなんかスマホで設定しなきゃいけないらしくってさ。勝己機械強いよね? ちょっとやってくれない?」
「は? ンで俺が―――」
「やっぱり嫉妬しちゃう?」
「するわけねーだろ。寝言は寝て死ね」
「じゃあ私が使っても問題ないよね?」
「……スマホと本体と説明書」
「持ってくる!」


くそ。こんな時だけ察しが良い。
今の今まで断固として離れそうになかった重みが消え、俺のスマホと説明書、それからエレクサ本体を手に隣へ座る。

設定は簡単だった。追加機能についても詳しく載っているものの、まあ、使いそうなモンがねえから入れずにスルー。とりあえず照明とテレビを連動させ、一通りエレクサが出来ることを教えてやる。


「なんか喋ってみろや」
「え? んー……エレクサ、大爆殺神ダイナマイトの最新ニュースを教えて」
『はい、大爆殺神ダイナマイトの最新ニュースは―――』
「おい。興味ねえくせに聞くんじゃねえ」
「あるよ。好きな人のことだもん」


悪戯に笑った小さな頭がずり落ちて、ぽすんと膝に落ち着いた。『エレクサ』に次いで紡がれるのは、俺のヒーロー名ばかり。スキャンダルなんざあるかボケ。こちとら怠け癖が根を張るクソ猫一匹で手一杯。ついでに言うならこの関係が世間に露呈しねえよう、常に神経を尖らせている。そもそもこの俺がわざわざ同棲してやってる上、甲斐甲斐しく面倒まで見てやっとんだ。察しろ。燃やすぞ。

腹ん中で燻る不満を、右手のひらで不発させる。

にしてもコイツ、何の為に買ったんだ? 扱えねえほど頭が弱いわけでもねえ―――なんせ普段こんなだが、仕事はミスなく気付けばさらっと終えている―――っつーのに、延々コレじゃあ持ち腐れんのが関の山。よくよく考えりゃ、寝てばっかだから電気不要。テレビも見なけりゃラジオも聴かねえ。基本外に出たがらねえから天気予報も関係無し。雨が降ろうが槍が降ろうが、俺が選んだこのマンションで夢ん中を泳いでる。ニュースに対する興味も薄く、別段話し相手が欲しいような様子もない。つまり使い道が全くねえから“ちょっと気になって買ってみた”程度か。こりゃ直ぐ飽きんな。付属品やら空き箱やらは、不要になったそん時用に仕舞っておくか。

収納場所を思案しつつ、未だ俺の膝上にいる柔い髪を掻き撫ぜた。



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