愛とは抱いてねむるもの




「勝己!」
「おー。お疲れサン」
「お疲れさま」


定時であがった会社の裏口横。歩道と車道を隔てる柵に寄りかかりながら待っててくれた、フード姿の勝己が口の端で笑った。

呼び寄せるように伸ばされた手へ手を乗せる。大きくて男らしい無骨なそれは、普段よりも幾分ぬるい。もしかしてずっと待ってたの? 嬉しく思いながら絡めてみれば、アホか、なんて言いつつ握り返してくれた。

見上げた先で、細まった双眼は愛おしげ。


「自惚れんな」


辛辣な言葉とは裏腹に、色鮮やかなルビーが迫る。やさしい吐息が肌を掠めて、ふわりと香ったムスクはお揃い。ほとんど反射で瞼を閉じると、触れるだけの可愛いキスが落ちてきた。勝己の唇は荒れ知らずでやわらかい。


「ここ外だよ」
「わーっとるわ。つかてめえ、また煙草吸いやがったな。クソ苦ぇ」
「ごめん。ガム家に置いてきちゃって」
「禁煙しろや」
「えぇ……勝己が毎晩仕事終わりにちゅーしてくれる、っていうなら頑張るけど」
「ハッ、調子乗んなヤニ中」


がっしりとした筋肉質な腕に腰を捕らわれて、そのままぴったり引っつくくらいに抱き寄せられた。どうやら今日はご機嫌さん。なにか良いことでもあったのかな。滅多とない甘々モードに、素直な鼓動がとくとく速まる。こういう時の勝己は大抵、お願いするとなんだかんだ叶えてくれる。憎まれ口はさすがについて回るけど、甘えるには絶好だ。


「ねえねえ勝己」
「あ?」


厚い胸板へ耳をくっつけ、勝己の心音をこっそり拾う。


「帰ったら歯磨きするからさ。そしたらいっぱいちゅーしてね」


触れるだけじゃ物足りない。パーカー越しの温度もそう。ないより全然いいけれど、わがままがもし許されるならもっと欲しい。私にしか見せない顔で、私のためだけのやわい愛で、空気が入る隙間もないほど、もっともっと包んで欲しい。

可愛いおねだりに見えるよう。それから、至って穏やかな鋼の心臓を跳ねさせるべく、広い背中に腕を回してぎゅうっと抱き着く。あいにく後者は失敗してしまったけれど、前者はたぶん成功して―――


「なまえ」
「ん? ん、」


無骨な指に顎をすくわれたかと思えば、リップ音付きの、やっぱり可愛いキスがもう一度降ってきた。



title tragic




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