テンパリング・ユア・ハート




ヒーロー科編入を目指し、毎日イレイザーヘッドと特訓している心操くんが拵えてくるのは怪我ばかり。中でも特に手指がひどい。擦り傷・切り傷はもちろん、たまにぱっくり裂けている。節々を覆う絆創膏は日に日に増えていくようで、時折ガチガチにテーピングしていたりする。

だからって応援していないわけじゃない。頑張れるのはとっても素敵。立派なヒーローになりたいって彼の夢も度胸も心意気も素晴らしい。こんくらいの怪我如きって思えるくらいじゃないとって気持ちも分かる。ただ何と言うか、もうちょっと労ってあげて欲しかった。自己犠牲的な側面が、普段接している中でさえ見え隠れする人だから尚のこと。世界に一人のオンリーワンなんだから『どうせまた怪我するし』じゃなくて、もっと気にしてあげて欲しい。


赤い線がいくつも走る手のひらを半透明の軟膏でゆっくり覆う。


「ちゃんと治そうって思ってる?」
「ごめん」
「謝ってほしいわけじゃなくってね」
「……ごめん」
「んん」


言い方ってむずかしい。「私こそごめん」って俯けば、しょんぼり心操くんの小さな笑い声が鼓膜を掠めた。「なんでみょうじが謝るの」って、そりゃ謝るよ。だってなんにも悪くない。どっちもなんにも悪くない。なのに片方だけ謝るなんて不公平。

心操くんは一生懸命なだけ。人よりうんと頑張り屋さんで芯が強い。そんで私は個性上、人の怪我にうんと敏感。


「なんか、……なんかね」
「うん」


生成した軟膏を塗り広げ、彼の右手を両手で包む。冷えた温度をあたためて、乾いた肌をたっぷり保湿。あんまり触ると痛いだろうから接する面は極力少なく、支える程度にとどめておく。


「言葉選ぶの下手だから、上手く言えないんだけどさ」
「そんなことないけど、うん」
「今みたいに、いつも私のこと気遣ってくれるでしょ?」
「そ……だな」
「あれ、違った?」
「や、合ってる。大丈夫。続けて」
「そんな風にね、自分のことも大事にしてあげて欲しいなって思ってる。頑張って欲しいけど、傷付いてるのはあんまり見たくないかなって」


痛みはないか、嫌な気持ちにさせていないか。時折揺れるすみれ色を窺いながら、左手の処置へと移行する。リカバリーガールに比べればこんなの気休めだけれど、何もしないよりはずっといい。

閉口したままの彼から視線を落とす。随分ぬくもった無骨な手を離し「余計なお世話でごめんね」って苦笑をこぼす。出過ぎた真似にならないよう細心の注意を払っているつもりだけれど、頭の中で反芻してみればやっぱり前のめりに思えてならなかった。でも幸い、心操くんは吹き出した。「ごめん、完全に俺が面倒見てもらってる――っていうか、迷惑掛けてる側だと思ってたから」と、緩んだその口元を手で隠す。一瞬伏せった視線がぱちりと戻ってきて、「有難う」って私の心を掬いあげる。


「聞けて良かった。強くなればなるほど怪我も減るだろうし……頑張るよ、俺」


蛍光灯の光の中、いつも淡いすみれ色がやけに強く色めいた。


title 星食
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