海はやさしく、風は遥かに




煤けた肌に焼けた羽。包帯だらけの姿のまま、それでも「見ましたよね、テレビ。幻滅させてすみません」と引き攣った笑みを引っさげて会いに来た愛しい人を、一体どうして嫌いになれるというのだろう。むしろとても良く頑張った。殺らなきゃ殺られる状況下、死に物狂いで生きて帰ってきてくれた。謝ることなんて何もない。唯一聞いてあげられる謝罪があるとすれば、……そうだなあ。“黙っててごめんなさい”くらいかなあ。いや別に、それも怒ってはいないんだけれど。


「上がってって」
「や、俺はこれで……」
「いいから。その体じゃホークス休業中でしょ。それとも用事がある?」
「…………」
「啓悟」


一瞬揺らいだ瞳を捕らえ、いつにも増してガサガサの手を優しく握る。「ちょっとは信じてよ」なんて、出来るだけ狡い言葉で繋ぎとめれば、彼は渋々「お邪魔します」と踏み出した。黄土色の防風ジャケットとは違う黒い肩越し。扉が閉まったことを確認し、靴を脱ごうと俯いたその懐へ入り込む。背中に回した両腕で、努めてそっと抱き締める。

好きだった。本名を知ることにさえ苦労して、未だに敬語も外してくれない。それでも良かった。ただ好きだった。他の何を捨ておいても、この温もりだけは大事に抱えていたいほど。


「……まだ、好きでいてくれてるんですね」
「うん」
「犯罪者の息子ですよ」
「啓悟は啓悟だよ」
「俺も人を殺してる」
「それで心を痛めてる」


私なんかじゃ想像も出来ないような重荷をたくさん独りで背負ってて、傷付きながらも戦い抜いた立派な背中をゆっくり摩る。


「優しくって強くって、何があってもずっとずっと大好きだよ」


漸く抱き締め返してくれた腕の中。耳元で「……なまえさんだけですよ、そんなこと言ってくれんの」と震えた声は泣いていた。


title まばたき
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