きれいな話をしよう




黒霧さんが作ってくれたブルーハワイは、どこのお店よりもとびっきり美味しい。スッキリとしたアルコールは程よく鼻腔を抜け、舌の上へ仄かな甘味を残していく。サービスだと添えられたさくらんぼの味が良いアクセントになっていて、彩りだって言わずもがな。

照明を透かす海の色に、月光を弾く青い炎が重なる。


「良かったのか?」
「何が?」
「連合になんざ入って」
「良かったよ」


笑い混じりに答えながらグラスを回す。残りを喉へ流し煙草を咥えて隣を見遣れば、ライター代わりを買って出た指先へ青い炎が灯った。吸い込んだ煙が、肺をぐるり。


「荼毘と一緒に居られるもの」
「そりゃ、随分惚れられたモンだな」
「嬉しい?」
「さあな」
「素直じゃないのね」
「あー?」
「トガちゃんが言ってたよ。私が来てから、ここに帰ってくることが増えたって」
「あのイカレ女……」


罰が悪そうに前を向いた輪郭を手のひらで支えた荼毘は、そのままカウンターに肘をついた。「何にします?」と空のグラスを引いてくれた黒霧さんに、また同じものを頼む。さくらんぼは売り切れてしまったようで、今度はレモンが添えられていた。これはこれでサッパリしていて美味しい。


連合に入ったのは単なる気まぐれだった。フリーランスで夜の街を生きる内、迷い猫のような荼毘と出会って、何度か情報を売って。数日ご飯にあり付けていないのだと腹の虫を元気に鳴かせるものだから、嘘か誠かは一先ず置いて、近くの居酒屋でご馳走した。懐かれたのは、たぶんそれからだ。

元々危ない男は嫌いじゃない。鼓膜を撫でる低音は心地よく、たとえ皮膚を継ぎ接いでいようとも、身を寄せる度にほんの少し躊躇っては『あんまり気のいいモンでもねえだろ』と抱き締めてくれる彼は少なくとも優しくて、何より弱かった。過去や名前を知る必要はない。そんなものは所詮、一般的な人間が一般的な物差しで推し量るための材料に過ぎないのだ。今見たもの、感じたもの。それが全てである世界で生きる方が、誰にも責任転嫁することなく楽に呼吸が出来るというもの。


「荼毘こそ良かったの?私なんか誘って」


数秒黙った後、荼毘は短く肯定した。黒霧さんから私と同じレモンの刺さったブルーハワイを受け取り、私の煙草を一本抜き取って火をつける。居酒屋でもそうだった。彼は私と同じ物を食べたがった。特に好きな物がないのか、考えること自体が面倒くさいのか。真意は読めない。それでも、親を真似る雛鳥のようで可愛いと思う。

二人分の煙が換気口へゆらゆら。


「誘った理由、聞いてもいい?」
「……帰る場所って考えた時に、なまえが浮かんだ」


酒瓶が並ぶ棚をぼんやり見ていたエメラルドグリーンが、緩慢にこちらを向く。


「だから呼んだ」


細まった瞳も上がった口角も、どこか自嘲的でいて挑発的にさえ見えた。



title by 失青




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