誕生日を一言祝って貰う生徒




誕生日にケーキとプレゼントが付随しなくなったのは、確か小学六年生の頃。丁度弟が生まれる二日前とかそんな感じで、とにかく全員それどころではなかったことをぼんやり覚えている。もちろん、うっかり忘れてしまっていた両親は後々物凄く謝ってお祝いしてくれたのだけれど、その時自ら申し出たのだ。

来年からは要らないこと。お母さんとお父さんは弟の面倒を見てあげて欲しいこと。友達が祝ってくれるから悲しくないこと。私は大丈夫なこと。

それは両親の負担になるまいと気遣った、子どもながらの本心だった。


そんなだから毎年、小学校時代の友達から届くフライングおめでとうラインで気付く。『ああ、明日誕生日なのか』って。ぽちぽちスタンプを返しながら、自分の歳を思い出す。一般的に見れば変わっているんだろうけれど、私にとってはこれが普通である。ケーキもない。プレゼントもない。一年に一度私が生まれたってだけの何てことない一日は、日常と共に流れていく。

自ら言い出すことでもない上、誕生日いつ?なんて話題がまだ挙がっていないA組内も、当然いつもと変わらない。賑わっているのは、ぽこぽこ通知が増える私のスマホだけ。



「お前ら席に着けー」


いつからそこで蓑虫になっていたのか。聞き慣れたチャイムが鳴ると同時に、のそのそ寝袋から出てきた相澤先生が教壇へ立つ。ざわざわしていた教室内は途端に大人しくなり、もう最初の頃のように『はい、静かになるまで五分かかりました。君達は合理性に欠くね』なんて言わせやしない。


心なしか満足気な低音が、相変わらずの落ち着きをもってして胸底へ着地。良い声だなあって毎朝こっそり聞き惚れる。皮膚の内側、淡く燻る想いを秘めたまま。

たぶん相手にされない。仮にしてくれたとしても、私が生徒である以上先生は応えられないだろうし、余計な負荷が掛かってしまう。だからまだ言わない。ちゃんとプロのヒーロー免許を取得して立派に卒業するその日まで、絶対に言わない。そう决めているのに、何だかなあ。


「みょうじ」


朝のホームルームを終えた黒いブーツ。一段下りた拍子に鳴った靴音がだんだん近付いてくる。見上げた先では、たぶん慣れっこなんだろう。皆からの大注目に顔色一つ変えないままの先生。その大きな手が伸ばされる。


「おめでとう」


くしゃり。ごつごつしたそれは確かに私の頭を一撫でして、それから何事もなかったかのように出て行った。残されたクラス全員の目はもちろん点になっていて、ついでに全く状況が呑み込めない私の頭も、お昼くらいまで真っ白だった。



※夢BOXより【相澤先生に誕生日を一言祝って貰う生徒】




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