ネイルを塗ってもらう




遠慮がちに手指を支える、ぬるい体温。ツンとしたマニキュアのにおい。ムラにならないよう薄く重ねられていく色彩。

小さなハケを滑らせ、私の爪を丁寧に染めあげていく人使くんは、さっきから真剣そのもの。普段あんまり上から見る機会のない顔をここぞとばかりに見つめていても、その瞳が私を映すことはなかった。穴が開くほど凝視しているっていうのに気付いていないのか、それともそういう"ふり"をしているのか。


思えば、クラスメートとしての彼はちょっとした冗談を言えて引際も弁えていてとても上手に距離を測る人だったのに、恋人としての彼は何か言いたげな表情のまま躊躇うばかり。何でもない、とぎこちなく微笑むばかり。それは私が、どうでも良い存在からどうでも良くない存在へと、彼の中でステップアップしたからかもしれない。嫌われたくない。怖がらせたくない。そんな思いが先行して、何も言えなくなっているからかもしれない。

好きって難しい。想うがあまり、溝が生まれてしまう。綺麗に埋めて均してしまいたいのに、伝えるって難しい。信じてもらうって、難しい。


「出来たよ」
「ありがと」


離れていった指がマニキュアの蓋を閉める。ついでにネイル用品が入っているボックスへ仕舞ってくれた。宙へ残された私の爪先は、照明を浴びて艶やかに光る。落ち着いた色合い。上品な菫色。私が指定した色。人使くんに塗って欲しいとお願いした、人使くんの色。

彼は気付いているだろうか。それともやっぱり、気付いていない"ふり"をしているのだろうか。


手を振って乾かしながら、ようやくこちらを向いた瞳へ「またお願いしてもいい?」って微笑む。数瞬瞠目した人使くんは「いつでも言って」と、控えめに。けれど嬉しそうにはにかんで、ジュースを淹れてくれた。




※夢BOXより【心操くんにネイルを塗ってもらうお話】




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