夢陶酔




与えられた時間は、僅か十分。
両手を失った彼は無機質な白いベッドに横たわって、ただ窓の外を見ていた。扉の開閉音や足音にすら反応しない姿は、さながら抜け殻のようだと思う。生きていてくれて良かった。会えて良かった。そんな気持ちとは裏腹に、どうしようもない喪失が全身を貫くようだった。

何もかも奪われて、失って、代償というにはあまりにも大きな傷を負って。次は私があなたの希望になりたい、なんて戯言にもならないね。


「……廻」


ここに収容されてから、一度も言葉を発していないと聞いた。少し気になってネットで調べたら、あまりのショックで失声することがあるらしい。果たして彼の声帯はまだ、震えることを覚えているだろうか。

私の名前を呼ぶ穏やかな低音が、脳裏でこだまする。けれど、いつでも思い出せることと寂しくないことは同義ではない。


そもそもこうなるのは、私で良かった。
両手どころか両足さえも、彼の為なら喜んで差し出せた。何の役にも立たない無個性な私を「無駄にするな」と傍に置いてくれた彼の為なら、何を犠牲にしたって構わなかった。神様ってやつはつくづく残酷だ。


「頑張ったね、廻」


振り向かない横顔に歩み寄る。
少し伸びた髪を撫でれば、ようやく私だと気付いたのだろう。ゆるりと首が動いて、生気のない双眼が私を映した。


「分かる? なまえだよ」
「………ああ」


細まった瞳。伏せられた視線。珍しいね。廻の方から視線を逸らすなんて。別にそんな顔をさせたかったわけじゃないのに、上手くいかない。かける言葉も浮かばない。相変わらず何も出来ない私。それでも立ち止まらずに進もうと思えるだけ、大きくなった。死穢八斎會の皆に、廻に、大きくしてもらった。


「久しぶりだから心配だったけど、蕁麻疹出ないね」
「………みたいだな」
「ねえ、呼んで。私の名前」


ずっと寂しかった、なんて子ども染みた理由で縋るような真似はしない。ただ思い出して欲しかった。あの小さな女の子の個性があれば、元に戻れること。その為に今、私がいることを。



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