感傷と呼ぶには、あまりにも




出会った頃からそうだった。扱い方が分からない。普段は下手に出て、適当に煽れば勝手にのってくる。でも何かを考えている時の勝己は、ひどく静かに世界を遮断する。その内側には決して入れなくて、手を伸ばすことも出来なくて、声を掛けることさえ躊躇われて。

歯痒いのか、もどかしいのか。
この感覚を何と呼べばいいのか。

私より何億倍も優れている彼を支えたいだなんて、そんな綺麗事を言うつもりはない。救いたいとか、力になりたいとか、正直言って烏滸がましい。きっと彼は誰の手も借りずに生きてきたし、これからもそうしていくだろう。それこそが彼を形成している強さだとも思う。信じられるのは自分だけ。周りは上手く使うもの。いや、違うな。彼はもっと愛されて育ってきたはずだ。私の偏った物差しで推し量ることなんて出来やしないし、それこそきっと烏滸がましい。


心臓からじわりと滲んだ黒い靄が全身に広がっていく。虚しい、寂しい、悲しい。当てはまらない言葉をそれでも浮かべながら、この痛みにも似た情動の名前を探す。

不意に振り向いたルビーが、訝しげに細まった。


「視線がうるせえ」
「ごめん」


眉を寄せた勝己が、前の席へドサッと座る。私の机に肘をついてこちらを凝視する瞳にはちゃんと私が映っていた。随分近くなった距離。多少薄まった靄が、左心室をぐるり。逸らされない視線に悟られないよう、首を傾げてみせる。


「なに?」
「こっちのセリフだクソが。人の顔ジッと見やがって」
「ごめん」
「さっき聞いたわ」


呆れ混じりの声から、鬱蒼とした静謐さはもう窺えない。強い人だった。傷付いた自尊心を抱えたまま、きちんと前を向ける人。誰にも頼らない。必要としない。だからいつも、見ていることしか出来ない。その他大勢と同じ位置から眺めていることしか、私には許されていない。


「何つー顔しとんだクソなまえ」
「うん。ごめん」
「謝んな。理由を言え」
「やだ」
「あ"?」
「たぶんワガママだから」
「アホか。ワガママかどうかは俺が決めんだよ」


勝己らしい返事だなあ。思わず笑ってしまえば、眉間のシワが少しだけ気配を消した。そう。そうやって、勝己には笑っていて欲しい。ただ真っ直ぐ、前だけを向いていてほしい。あわよくば私を傍に置いて欲しい。皆と同じ立ち位置じゃなく、私だけの場所に。

ああ、嫌な感情。
言葉を探すのは、やめにしよう。



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