My Fair Lady




透き通るような白い肌。無防備に晒された細い首。華奢な肩。浮いた肋。贅沢にも俺の腕を枕にすよすよ眠るなまえは、煮ても焼いても不味そうな女だった。まあ大方、偏った食生活と引きこもりが原因だろう。基本的に太陽を嫌い、暗い場所を好む。おかげでもう昼だってのに、遮光カーテンは閉め切られたまま。


「腹減ったな……」


時折震える瞼を眺めながら、いやに指通りのいい髪を梳く。警戒心など微塵も感じられない様子に、自然とこぼれたのは呆れ半分の溜息。全くいい度胸をしている。俺が手を出せないと分かった上で、こうして湯たんぽ代わりに呼び付けるのだ。氏子さんの知り合いにろくな人間などいやしないらしい。

テレビや雑誌にインターネット。様々な媒体に名前が挙がる天才のわりに、心地よさそうな寝顔は幾分か幼い。歳はいくつだったか。確か俺よりも下だった。


「なあ、腹減った」


暗い室内。水槽に設置されているポンプの音に耳を傾けながら、半開きの唇を摘む。眉を寄せ小さく唸ったなまえは、嫌がるように俺の胸元へ顔を埋めた。まだ寝るつもりらしいが、あいにく俺の腹もそろそろ限界だ。


「なまえ」
「……」
「起きてんだろ」
「……」
「おいなまえ」


コノヤロウ。寝てばっかで脳みそ腐るぞ。
いっそのこと薪にしてやろうか。

無視を決め込む姿に悪態をつく。どうやって起こそうか逡巡し、これでもかってくらい力を込めて抱き締めてやれば「ん"ん"」と抗議の唸り声があがった。ざまあ。


「ちょっと、ぺちゃんこにしないで」
「なら一回で起きろよ」
「眠い」
「俺は眠くねえし腹が減って死にそうだ。なんか食うモンねえのか」
「食うモン……」


顔を顰めたなまえは、乱れた髪を掻き上げながら身体を起こした。緩慢な動作でベッドからおり、欠伸をしながらぺたぺたフローリングを歩いていく。冷蔵庫が開いて閉まるまでの早さに、何もなかったのだろうことが安易に窺えた。

戻ってきたその手が翳して見せたのは、案の定スナック菓子。


「これでいい?」
「……飯がいいって言ったら?」
「はぁ。何もないから出前でも頼んで」
「お前は?」
「要らない。寝る」


メニュー表を投げて寄越した温もりが、一瞬の躊躇いもなく腕の中へ戻る。「寒い」と引っ付いてきた薄い体躯を仕方なしに抱き締めてやれば、俺の爛れた皮膚へ鼻先を寄せ、やがて落ち着いた。背中へ回った腕。絡められた脚。触れる吐息。鼓動も体温すらも混ざってしまえる距離。

寿司でもとるか。そう思考を逸らし、降って湧いた妙な心地を逃がした。



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