ホラー映画鑑賞




風にさらされた草木が鳴く。どんより曇った灰色の空。青い瓦屋根の古びた家。

門扉の前へ停車したトラックから積み荷が運ばれていく中、遅れて到着した乗用車からは四人家族が姿を見せた。セーラー服の少女が、はしゃぎながら家へ入っていく妹と両親を陰った瞳で見送る。ふと見上げた先には廃れた隣家。外壁は薄汚れ、庭の草木は荒れ放題。蔦が絡まる錆びたバルコニー。その締め切られた掃き出し窓を見ている内、すうっと浮き出た人影に瞬いた刹那。

「ちょっと何してるのー? あんたも早く自分の荷物片づけなさーい」
「はーい!」

母親の声に返事をした少女は、新居となる家へ入っていく。


『あなたは、隣人を知っていますか?』


そんな謳い文句で一世を風靡した一昔前のホラー映画。冒頭の陰鬱とした空気感で既に私の背筋は冷え始めているっていうのに、横目で窺った勝己は至って普段と変わりない様子でコーラを飲んでいた。


物語は、皮膚を舐めるような気持ち悪さと共に進んでいく。

日がな一日閉まったままの雨戸。引越しの挨拶にと押したインターホンは壊れている様子で、声を掛けても返事はない。車や自転車どころか洗濯物さえ見たことがなく本当に人が住んでいるのか疑問に思う少女だけれど、ある日、ポストの新聞がちゃんとなくなっていることに気付く。やがて聞こえ始める午前三時の奇妙な音。家族は『疲れてるんでしょ』と笑う。友達と遊んで遅くなった午後九時過ぎ。少女は初めて、隣人を目にする。

ボサボサの長い髪、青白い肌、長細い手足。ゆらゆら揺れる白いワンピース。


なんてベタな見た目だって思ったけれど、リアルな音と映像にすっかり掻き立てられてしまっている恐怖心は容易く膨れ上がった。思わず勝己の服を掴んだのは言うまでもない。そもそもホラー系は苦手だ。この映画だって、ただ彼がどんな反応をするか気になって借りてきたに過ぎない。

画面の中で女が揺れている。少女の家の前で、俯いたまま。ああやだ。見たくない。見たくないのに、目が離せない。


「おい」
「っ、な、なに……?」


突然視界に入り込んできた勝己に肩が跳ねた。たぶん今正に怖いシーンが映っているであろう画面は彼の後ろ。正直助かった。内心胸を撫で下ろしつつ、随分な至近距離にある赤い瞳を見つめ返す。珍しく眉間にシワのない表情は、とても静かだった。


「そんなんで寝れんのか、今日」
「あー……勝己が居てくれれば、たぶん…」
「ハッ。ビビりのくせにんなモン借りてくんじゃねーわクソアホ」
「え、ちょ、」
「うるせえ」


問答無用と言わんばかりに後頭部を掴まれ、そのまま引き寄せられる。勝己の肩へ自ずと埋まった視界は真っ暗。数秒と経たない内にホラー感満載な音がプツリと途切れ、テレビごと消されたことを知った。まあ勝己の反応が見たかっただけなので、別に不満はない。

人より少し高い体温に包まれ、強ばっていた身体が弛緩していく。いつの間にか冷たくなっていた足先に温度が戻って、血が巡って。


「どうせ一人で寝れねえだろ。仕方ねえから居てやんよ。感謝しやがれ」
「うん……ありがと」
「そん代わり、夜中に怖えとかで起こしやがったら殺す」
「ぜ、善処します……」


物凄くやってしまいそうだと思いながら溜息を吐く。呆れ混じりの相槌を寄越した勝己は、それでもまるであやすように優しく背中を撫でてくれた。




※夢BOXより【爆豪勝己とホラー映画鑑賞してるお話】




back