舌に甘い破片




下水煮込みの暴君は、なんだかんだ私に甘い。きっと“惚れた弱み”ってやつだと思う。クソだのカスだの良く言うわりに結局傍から離れなくって、私が欲しい勝己を欲しいままに与えてくれる。その分言葉はゼロ以下で、なんならマイナスに振り切っているけれど特に不安は感じていない。

なんでだろう。考え始めて中断する。右側から割り込んできた舌打ちに、きれいに意識がさらわれた。


「勝己?」


彼に倣って足を止める。蛍光灯が眩しいばかりの校舎内。夜の色をしたガラス窓を背景に、尖るルビーは不満気だ。やがて吐き出された溜息が、白い床へと染み落ちる。


「どうしたの?」
「てめえに聞けや」
「……」


ああバレている。実はさっきの自主練で、ちょっと足を捻っていた。といっても大したことはない。なんか違和感あるよなあ。今日はシャワーで済ませておいて、湿布を貼って様子見しよう。その程度。だから余裕で我慢出来る範囲内。なのにどうして、なんでだろう。挙動はもちろん、顔や声にも出ないよう細心の注意を払っていたにもかかわらず、しっかりはっきりバレている。

謝罪を紡ぎ「歩けるから大丈夫」と白状すれば、勝己の眉間の皺が更に深まった。


「アホ。歩けねえくれえなら手遅れだろが。つーかそもそもンな状態ならここまで黙ってねんだよ俺ァ」


言い方は荒いけど心配してくれている顰めっ面に、反論なんて出来っこない。怪我の具合が酷かったなら、おそらく保健室へ強制連行されていた。優しいもんね、勝己さ。普段から私のことを見てくれている。些細な変化に気付けるくらい―――いや、気付けるように、かな。


「ごめん。言えば良かったね」


もう一度、素直に謝りながら俯いた。

視界の端から動いた影が、一歩前へ躍り出る。真正面でしゃがんだ勝己は振り向きざま「なまえ」と私を呼んで、自身の背中を示してみせた。依然視線は不満気だけれど、どうやら寮まで運んでくれるつもりらしい。「歩けるよ」って遠慮すれば「あ゙? 俵抱きがいいってか?」と睨まれた。いえいえ滅相もございません。おんぶの方が嬉しいです。

渋々甘え、広い背中に寄りかかる。太い首へ腕を回せば少々熱い手のひらに膝の裏を掬われた。


「ザコが片意地張ってんじゃねーわ」


呆れ混じりの声色は、どこか満足そうだった。


title alkalism




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