お前がいればいい




辛い食べ物。登山用品。高音質イヤホン。勝己が喜ぶプレゼントと言えば、それくらいしか浮かばない。

甘い物は好きじゃないし、財布やキーケースなんかは既にそこそこ良い物を持っている。無難にいくならパーカーかウイブレ。もしくはスニーカー。さすがに現ナマ支給は味気ないだろうし、まあ最悪ショッピングモールに連れて行って好きな品物を選んでもらうってのも失敗がなくて良いと思う。何ならそのままデートが楽しめて私も嬉しい。けれど、果たしてそんな暇がヒーロー科にあるんだろうか。寮でお泊まりは出来ても、外出となるとせっかくの休息日を丸々奪ってしまうことになる。うーん。それはちょっとよろしくない。

ってなわけでA組に赴いた。ひょっとしたら朝からクラスでお祝いされているかもしれないし、邪魔にならないようこっそり。でも別に普段と変わりなかった。たぶん寮に帰ってからなんだろう。担任相澤先生だもんね。教室で騒いだら怒られそうだもんね。分かる分かる。


「勝己おはー」
「ンな時間帯じゃねえだろ」
「こんにちはー」
「ん」


机に頬杖をついて、片手はポケットの中。片足を横に出して体ごとこちらを向いた勝己の顔には『で?』って書いてあった。ご近所さんから彼女に昇格しても、会いに来るのは用があるからだと思われているあたり心外である。いや、まあ用があるから来たんだけども。


「勝己さ、欲しい物ってある?」
「……何企んでやがる」
「人聞き悪いなあ。今日は何の日でしょーか?」
「アポロが月面着陸した日」
「えっ、そうなの?」
「知らねえんかアホ」


ううん辛辣。いつものことだし、勝己より私の頭が弱いのは事実なんだから仕方ない。いつもテスト勉強に付き合ってくれて有難うございます。じゃなくて。


「誕生日でしょ。おめでと」
「おう。それ言いに来たんか」
「もあるし、プレゼント何が良いかなって」
「そもそも本人に聞くモンじゃねえだろ」
「だって欲しくない物貰ったって微妙でしょ?」
「別にねえわ。欲しいモンなんざ」
「えー。何かない? 欲しくなくても、これ貰ったら嬉しいなあってやつとか痛い痛い痛い」
「気安く触んなクソが殺すぞ」
「えぇ……彼女だよね私……」


あらぬ方向へ曲げられた指を引っ込めながら溜息を吐く。頬をつつかれるのは、どうやらお気に召さなかったらしい。大人しく謝って、さあどうしようかって考える。欲しい物がないなんてさすがに想定の範囲外だ。でもやっぱり、聞き出す以外に良い案は浮かばない。

結局予鈴が鳴るまでねばってみたけれど最終的には「しつけえ」と言われてしまい、私の健気な気遣いはあえなく散った。まあ何も要らないって言うなら、それはそれで良しとしよう。要らない物を押し付けたいわけじゃない。


「じゃあ授業始まるからもう行くけど、思い付いたら言ってね」


なかば諦めながら踵を返した瞬間「なまえ」と名前を呼ばれて振り向く。相変わらず仏頂面のまま。まるで投げるように寄越された台詞は、私をたっぷり百八十秒固まらせるのに十分だった。


「夜部屋に来い。それで良い」



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