不知の権化




静かな車内の後部座席。不意に訪れた肩の重みに目を見張る。別に何てことはない。廻が私の肩に寄りかかっているだけ。恋人でも友達同士でもままあること。けれど極端に人肌を嫌う彼にとっては、とても珍しいこと。


「眠いの?」
「……少しな」


小さくこぼされた低音からは、虚勢を纏った疲れが窺えた。きっと環境のせい。先行きに対する不安が、何かしなければって焦りを掻き立てる。だから人より賢く生まれてしまった彼が、必然、人より疲れてしまう。

気が休まらない。ついこの間耳にした、そんな台詞を思い出す。四十度近い高熱が出ている時ですら弱音を吐かなかった廻にしては、あれもやっぱり珍しいことの内の一つだった。


「寝て良いよ。着いたら起こすから」
「……」


返事の代わりに重みが増す。じんわり滲む体温。スモークがかった窓の向こうを眺めながら許容する。

私に対して、廻が蕁麻疹を発症することは殆どない。出会った頃は寄るな触るなと散々だったけれど、傍に置かれ拙く不器用な愛情を注がれるようになってからはとんとご無沙汰。単なる慣れか、彼の中で私が"綺麗なもの"として認識されているからか。いや、それはないかな。簡単に人を殺めてしまえる個性に生まれ、今まで幾度となくこの手を汚してきたことは既に知れている。たとえ天と地がひっくり返っても過去は変わらないし、どんなに強く願ったところで変えられたものでもない。じゃあ、どうして私だったのか。廻にとっての安寧とも呼べる存在が、どうしてこんな私なのか。


「…………」


静かな車内にエンジンの音が響く。死んだように眠っている傍らの重みは、腕を組んだまま微動だにしない。帰ったらお風呂に入ってご飯を食べて、それからまたどこかへ出掛けるのだろう。夜に紛れて。危ないからと、私を置いて。



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