夜明け前にはきみが欲しい




お姫様は、王子様のキスで目覚めるんだよ。昨晩そんな話をしたからだろうか。

「おい起きろ。なまえ。いつまで寝とんだ」って無骨な声に浮上し始めた意識の中。唇を襲ったのはカサついた感触。緩やかにこめかみをなぞる温度は確かな優しさを孕んでいて、全身を包む心地よさに瞼を押し上げれば、すぐそこに勝己がいた。


「やっとか寝坊助」
「ん……おはよ……」
「はよ。朝飯出来てんぞ」
「んん……勝己」
「あ?」
「起こして……」


まだぼんやりしている意識の輪郭を整えながら、力の入らない両腕をふよふよ伸ばす。呆れ混じりに鼻で笑った勝己は、それでも「しゃーねえな」と引っ張り起こしてくれた。大体自分で起きろやって放置されることが多いのだけれど、今日は随分と機嫌が良いらしい。調子に乗ってもう一度キスをせがめば、怒ることなくすんなりリップ音付きで与えられた。


「おら、贅沢言ってねえでさっさと顔洗ってこい。飯冷めんだろが」
「はーい」


ここまでサービスされては素直に起きるしかない。身体を伸ばし、朝特有のひんやりした空気を吸い込んで吐き出す。カーテンの隙間から射し込む光の筋はキラキラと輝いていた。うん。良い天気。

カーディガンを引っ掛け洗面室に向かう。言われた通り顔を洗って歯を磨いて、ついでに髪も梳かしてから戻ったテーブルの上には、お店で出てくるようなフレンチトースト。上品でいて華やかなバターとココアの甘い香りが鼻腔をくすぐり、とろりとした半熟状態のマシュマロに喉が鳴る。


「コーヒーで良いんか」
「うん。砂糖有りの、」
「ミルク無しだろ。知っとるわ」
「凄い。さすが私の勝己」
「ナメんな」


あれれ。いつもなら、てめえのじゃねえってバッサリ切るのに珍しい。そもそも彼のスタンスは初めから、彼が私のものになったのではなく私が彼のものになったって感じだった。誰かに所有されるのは、例え感覚だけであっても自尊心が良しとしないのだろう。それがまさか、こんなにもあっさり許される日が来ようとは。心境の変化か、やっぱり機嫌が良いだけか、単に面倒くさくてスルーされたのか。

お湯が注がれる音に比例してコーヒーのほろ苦さがふんわり漂う。砂糖を入れたスプーンでくるくるかき混ぜている勝己は、なんだか旦那さんみたい。結婚したら、きっとこんな幸せが日常のそこかしこに存在するのだろう。



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