『春を知った今すこし』




※年末年始リクエスト企画『春を知るすこし手前』のその後



リカバリーガールが出張に行き、私が一人で羽を伸ばしている時。決まって保健室にやって来る生徒は今日も今日とて、少々雑な開閉音とともに顔を出した。仕方ない。コーヒーでも淹れてあげようかな。

「ほんと良く来るね」なんて冗談めかしながら席を立つ。視線だけを寄越した爆豪くんは、いつもの定位置である丸イスへ腰を下ろすかと思いきや、私の顔を見るなり舌打ちをこぼした。


「ンだそれ」
「嘘だよ。歓迎してる。今コーヒー淹れるね」
「違えわクソが」
「え?」
「そうじゃねえ」
「?」


いまいち意味を汲み取れずに首を傾ける。どうやら、私の言葉に対する"何だそれ"じゃなかったらしい。

ズカズカ寄ってくる顰めっ面に気圧され、条件反射で半歩下がる。それでも彼が止まることはなくて、少しの焦りと共に挙げた片手すら捕らわれ、目前に迫ったのは突き刺すような鮮烈さを帯びた赤。吐息さえ触れてしまいそうな距離に心音が跳ね上がる。近いよって声は音にならなかった。私より高い背だとか、大きな手だとか、広い肩幅だとか。十は下だろう可愛い生徒が一瞬にして男の人へと変わって見えて、ただ視線が逸らせなくて。


「誰にやられた?」
「っ……」


ゆるやかに細まった瞳の奥で燻るこれは何だろう。単なる苛立ちか、はたまたもっと別の何かか。「言えやなまえ」って落ち着いた声に意識を囲われ、ごつごつした指が頬をなぞる。ピリッとした痛みに口端が引き攣って漸く、ああこれのことかって理解が追い付く。自分の頬で存在を主張している創傷は、確かによく目立っていた。


「現場で…破片が飛んできて」
「現場? だから昨日居なかったんか」
「よくご存知で……」


何で知ってるんだ。昨日もわざわざ保健室に来たのか君は。いやそんなことより。

ねえもう良いでしょって顎を引く。私の心臓がそろそろはち切れそうだ。もしかしたら伝わってしまっているかもしれないけれど、いっそ死ぬんじゃないかってくらい乱れている心拍がうるさいったらない。触れている手から滲んだ熱に全身が呼応して、私が私じゃないようで。恥ずかしながらたぶん顔にも出ている。それだけいっぱいいっぱいで訴えているっていうのに、変わらずこちらを見下ろす瞳は悔しいかな。物珍しげに色を変えただけ。首が傾き、唇が開かれる。

がじっ。


「、」
「気ぃ付けろアホ。仮にもプロだろうが」
「……」
「返事」
「はい……」
「ん」


満足そうに鼻を鳴らして離れていった爆豪くんはいつもの定位置、丸イスへと座った。

鼻先を齧られたのだと理解したのはたっぷり百八十秒後。落ち着かない鼓動を抱えたまま何でって尋ねれば、なぜか「次は口にすっからな」と凄まれた。困ったな。膨れ上がった熱も期待も、どこへ逃がせばいいのやら。取り敢えず今は淹れそびれた珈琲の用意をしよう。



※夢BOXより【リクエスト企画『春を知るすこし手前』の協力者に好意を抱いている事を自覚した爆豪くんとのその後のお話を是非読んでみたい】




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