耐えきれずぎゅーして甘える




たとえば街中で二人の世界に入っているようなバがつくカップルみたいに、特別ベタベタしたいわけじゃない。ただ一緒に帰りたいだけ。手を繋いでみたいだけ。名前で呼びたいだけ。呼ばれたいだけ。甘やかされたいだけ。彼女になったんだって実感が、ほんのちょっと欲しいだけ。

面倒な女だって思われるだろうか。寝惚けたこと言ってんじゃねえって怒られるだろうか。嫌われたくない。無理だってさせたくない。だからいつも喉までせり上がる言葉を呑み込んで、随分と我慢強い心を抱えて今日まで生きてきた。でもそろそろ限界みたい。


何か用かって、用がないと来ちゃいけない?




「勝己くん」


瞬いた瞳がこちらを見下ろす。その綺麗なルビーに、私はどう映っているのか。自分がどんな顔をしているかなんて最早分からない。不安だし怖いし泣きそう。でも今のまま進めないんじゃ、肩書きだけ温めていても仕方がない。

彼から声が発せられる手前。この薄弱な意志が揺らいでしまう前にと腕を伸ばす。厚みのある身体は、まるで当然のように私のちっぽけな腕には収まらなくて。それでも半ば飛び込むように、ぎゅうっと抱き着く。縋ってみる。ずっと触れたかった爆豪くんの体温は想像よりずっと高く、お風呂上がりのいい匂いがした。


「おい」
「………」
「聞こえてんだろ。なまえ」
「、っ」


心臓が跳ねる。

初めて私の名前を紡いだ低音は落ち着いていた。怒っている様子は微塵もなく、私の臆病な背をぽんぽん叩く手の平が優しく感じられる。短く吐き出された吐息が鼓膜を掠め、もう一度、仕切り直すように呼ばれた名前。爆豪くんらしさを保ったままの、宥めるような窘めるような、いつもと変わらないはずなのに全然違った響きを孕んでいる気がする声。


「急に飛んでくんじゃねえ。危ねえだろが」
「ごめんなさい……」
「で? 何かあったんか」
「……ダメ…かな」
「あ?」
「その……何かないと、ダメ…?」


おそるおそる顔を上げた視界の真ん中。思ったよりも近くにいた彼は怒ることも呆れることもなく、ただ愉快そうに鼻で笑って、それから私の頭をぐしゃぐしゃ撫で回した。


「ば、っばくご、」
「勝己」
「っ……?」
「ンだその間抜け面。下の名前で呼ぶんじゃなかったんか」


まるで夢でも見ているよう。あの爆豪くんが真っ直ぐに笑っている。こんなの、話したところできっと誰も信じやしない。これが好きな人限定で見せる一面か。彼女の特権ってやつなのか。

一気に湧き立った恋情のまま、胸板へ額を擦り付ける。怒られることはなかった。調子に乗って甘えてみれば、引き剥がされるどころか望んだ通りの温もりを注いでくれた。




※夢BOXより【爆豪君に甘えたい恋人が我慢しきれず抱きつき甘える ...なるべく爆破されない方向で】




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