魔法の日




なんでもないただの土曜日。ただ同じ数字が二つ並ぶだけの、なんでもない出勤日。いつものように出社して、いつも通りパソコンと向き合い電話をとり、やっぱりいつもと同じように退社する。皆にとってはそう。私以外にとっては、そう。


電車に揺られ、自宅とは反対方向の三駅先で降りる。オンラインショップで小一時間悩んだプレゼントが入った紙袋を提げ、向かうは彼のところ。彼の仲間であり私の仲間でもある皆が集う隠れ家バー。

「こんばんはー」って扉を開ければ、既に弔のお誕生日会が始まっていた。


「おう!お帰り!」
「ただいまトゥワイス」
「お疲れさん」
「荼毘もね」
「遅いですよなまえ姉ー。さっき切り分けちゃいました」
「ごめんごめん。これでも急いで来たんだよ」


てこてこ寄ってきたトガちゃんの手には、ショートケーキとフォークが乗ったお皿。「今日もお仕事お疲れ様です」と差し出され、有難うって受け取る。相変わらずトガちゃんは天使だ。とっても可愛いし癒される。それに比べ、本日の主役はなんて愛想のないことか。お帰りどころか視線の一つもくれやしない。

カウンターに肘をついたまま、振り向く様子のない背中へ歩み寄る。隣へ腰を落ち着ければ、赤い瞳がようやくこちらを向いた。


「……遅い」
「だって定時八時だもん。許して」
「辞めればいいだろ」
「そんな簡単じゃないの。弔だってお金欲しいでしょ?」
「……」


押し黙った弔を横目にジャケットを脱ぎ、カバンと一緒に置く。再度弔の方を向けば、大層不服そうに苺を食べていた。皆にお祝いしてもらっているくせに、まさか私がいなかったってだけでこんなにも臍を曲げているのだろうか。だとしたらちょっと可愛い。

フォークを手に取って、ケーキをすくい上げる。全然口角を上げようとしない唇へ「はい」と突き出せば、一瞬静止してからではあるものの渋々食べてくれた。やっぱり顔は不服そうだけれど、ケーキは美味しいらしい。珍しく口を開けて催促され、思わず声をあげて笑ってしまったら「もういい」とそっぽを向かれた。ごめんごめん。


「機嫌直してよ」
「うるさい」
「とーむーら」
「……」
「もー、すぐ拗ねる」
「拗ねてない」


若干食い気味に戻ってきた視線と声に微笑む。仕方ない。後で渡すつもりだったけど、先に王様の機嫌をとるとしよう。

指へ引っ掛けた紙袋を弔の前へ。


「誕生日おめでと」
「……ご機嫌取りのつもりかよ」
「あ、バレた?」
「お前生意気だな」
「今更ー?」
「おい、誰かこいつつまみ出せ」


なんて口では言いながら早々に受け取って中を覗いている姿に、私の表情筋はすっかりゆるゆる。引き締まるってことを忘れてしまった。

きっと早く見たいんだろう。プレゼントを取り出して広げる手は心なしか急ぎ足で、ぱちぱち瞬きを繰り返す子どもみたいな弔は、今までで一番可愛く見える。


「何にしようって悩んだんだけど、一番使えて一番似合うの、それかなって。私の好きなブランドなの」


片袖にプリント装飾が施された真っ黒のパーカー。「後で着て見せてね」って肩を寄せる。


「なまえ」
「ん?」


"ありがとう"

耳元で呟かれたお礼はなんだか照れくさそうで、彼の機嫌が良くなったことを教えてくれた。


(Happy birthday*)




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