照れてほしい
「ちょっと良いかなまえ」
「はいはい何でしょう?」
お菓子へ伸ばしかけた手を引っ込め、回転イスをくるり。丁度休憩にしようとひと息ついたところだけれど致し方ない。
寄ってきた消太の手には、今朝『チェックお願いね』って提出した配布用のプリント案。どうやら早速確認してくれたらしい。さすが出来る男。仕事が早い。脇にしゃがんだ消太が机上に広げたそれを揃って覗き込む。近付いた距離に鼓動が鳴った。
「ここなんだが、もう少し間隔を空けてくれ」
「書くとこ狭くなるけど良い?」
「構わん。余白も調整出来そうか?」
「お任せあれ」
「頼む。それから――」
細かい修正を聞きながら、赤ペンを走らせていく。仕事なんだから当たり前だけれど、ちゃんと見てくれたってことが嬉しくて、こんな紙きれ一枚のレイアウトでさえ生徒のためを考えられることが素敵で。
まだ私が学生だった時分を思い出す。
ちらりと寄越された、気のない視線が瞠目する。
「何ニヤついてんだ」
「え、そう?」
「ゆるゆるだぞ」
頬へ触れる、ひんやりした消太の温度。無骨な指に摘まれ、ふにふに揉まれ。あー、ダメだこれ。嘘でしょうってくらい表情筋が締まらない。よっぽど幸せいっぱいな顔をしているのか、つられたように小さく消太も笑った。
「片想いしてた頃を思い出してね」
「へえ」
「こんな風に勉強教えてもらったなーとか」
「まあバカだったからな」
「ひどい」
「否定出来ないだろ」
「ぐ……消太がかっこよくて集中出来なかっただけですー」
「嘘つけ」
「本当だもん」
恋しくて、ただ恋しくて、隣に並んでみたくて、意味もなく職員室に行ったりして。まあ確かに頭はちょっと足りなかったかもしれないけれど、最後の期末テストで満点とったら付き合ってやるって消太の言葉ひとつで満点をとれたくらいには賢いつもりでいる。
一年の時から好きだった。
目で追っていた。早く認められたくて、実技だけは死ぬほど頑張っていた。
私の頬より冷たくて、
私の手よりは温かいこの手に、
「触れて欲しいって、ずっと思ってたよ」
「、」
ほんの少し固まった消太はなんとも言えない表情で視線を逃がし、ぎこちなく手を引っ込めてから俯いた。たぶん照れているんだろう。珍しい姿が優越的に感じられて、気分は今日一。
さあ、今からどうからかってやろうかな。
※夢BOXより【相澤先生に照れてほしい】
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