なめるな純情




「あの、かっちゃん?」
「うるせえ喋んな黙ってろ」
「……」


ああ、なんて理不尽。私を腕の中へ閉じ込めたまま微動だにしないかっちゃんは、さっきからずっとこう。ノックもせずに人の部屋へずけずけ入って来たかと思えば、理由を尋ねる間もなく気付いたらあったかい温度に包まれていた。背中と腰をしっかりホールドされ、当然のように逃げ場なんてない。いつにない顰めっ面は何かあった証拠だけれど、声を掛ければ辛辣な言葉で遮られるのだからどうしようもない。


にしても、うるさいって何だ。喋んなってどういうつもり。黙ってろって、私がそんなにしおらしい女だとでも?

怒りたい。怒りたいけれど、かっちゃんが求めているものを与えてやりたいとも思う。いつだって振り回されてばかりの私は、今日も宙ぶらりん。


「言ってくんないと分かんないよ」
「誰が分かれっつった。理解なんざ要らねえわ」
「はぁ……」


随分ぞんざいな物言いに、こぼれたのは溜息。

どうしてこうなのか。いつもいつも私ばっかり置いてきぼり。出久と勝手に喧嘩した時もそう。私だけが蚊帳の外。そのくせ傍に置いておきたがる。全くもってワガママな男。慰めてほしいのかと背中へ腕を回してやれば「余計なことすんじゃねえ」って怒られるし、私に許されるのはただじっとしたまま体温を分けることだけ。

どうしたもんかって考える。そろそろ立ちっぱなしも疲れてきた。


「ねえかっちゃん」
「うるせえ黙れ」
「ちゅーしよ」
「だからうるせ………あ?」


腕の力が緩んだ隙に顔を上げる。すぐそこにある赤い瞳は珍しく点になっていて、眉間のシワもどこへやら。余程意外だったのだろう。瞬きが一回、二回、三回と繰り返された。


「てめえ今何つった」
「キスしよって言った」
「……してえんか」
「うん」


別にそういうわけではないけれど、この際何でもいいと頷く。かっちゃんの気が逸れるなら何だって良かった。

あわよくばそのまま、私に溺れてしまえばいい。他のことに苛立っている暇なんかないくらい、私でいっぱいになればいい。モヤモヤするのはもう飽き飽き。求めているものが分からない以上、突っ立っているだけじゃ前に進めない。それならもう、与えうる限りの全てで答えを探るしかない。


黙れって言うなら塞いでみせてよって服を掴む。私そんなに都合のいい女じゃないんだよって背伸びをする。目を閉じる。

噛み付いた唇は、愛しさの味がした。



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