両手の指で足りる逢瀬




パソコンと向き合っている先生の背中へ引っ付く。お風呂上がりのいい匂い。濡れたまま纏めあげられている髪から香る、私と同じシャンプーの匂い。こんなことしてるからうねっちゃうんだよ、なんて思いながらきゅうっと抱きつけば「気配を消すな」って額を弾かれた。


「あと髪は乾かしなさい」
「人の事言えないじゃん」
「良いんだよ俺は」


伸ばされた手にくしゃくしゃ髪を撫でられ、全部どうでも良くなる。でも乾かしに行くのは先生を充電してからだ。ゆっくり堪能出来るこんな機会は、一年の内数える程しかない。あんまり甘やかしてくれないし、先生と生徒だからって負い目が少なからずあるのだろう。何も気にしなくて良いのに、先生はそうもいかないらしかった。

充実していると言えば嘘になる。物足りなさとは、いつだって隣り合わせ。けど別に、近い将来、先生が私のものになるならそれで良かった。あと一年頑張って立派に卒業すれば、その薬指は私専用。もうジョークさんに冷や冷やすることも、毎日顔を合わせる一年A組を羨むこともなくなる。


「……なまえ」
「あと一分」


窘めるような声に縋ってみせる。肩口へ擦り寄れば、小さな溜息が聞こえた。怒られるかなあって危惧したのも束の間。振り返った先生と目が合って、それから一瞬触れた唇。


「構ってやるから、先に乾かしてこい」
「……子ども扱いは嫌だよ」
「しねえよ」
「……」
「……」


見つめ合って数秒。珍しく逃げない先生に、なんとなくの恥ずかしさが滲んだ。これが大人の余裕ってやつか。ちょっと悔しいけど、まあ構ってくれるって言うなら何でも良い。期末テストが良かったから、たぶんそのご褒美だろう。

素直に返事をして、腕を引っ込めた。



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