16拍のお伺い




「勝己ってドラム出来たんだね」
「ハッ、俺に出来ねえことなんざねーわ」
「言ってくれたら良かったのに」
「ンで言わなきゃなんねんだ。気付けや」
「いや無理でしょ」


無理じゃねえ。無理。無理じゃねえ。無理。てめえ俺のこと好きじゃねえんか。好きだけどそれとこれとは別。別じゃねえ。別。

そんな押し問答の末、先に折れたのは勝己の方だった。眉間にシワを寄せ、豪快な舌打ちとともにそっぽを向く。いつものこと。虫の居所を整えてから、不服そうな瞳でじろりとこちらを睨むのも、いつものこと。


「知っとったらてめえに得でもあったんか」
「得っていうか、勧誘したのになーって思ってさ」
「は? 勧誘?」
「そう。軽音部に」
「部活禁止だろ」
「今はね」
「あ"? 待て。いつの話しとんだ」
「え、中学だけど」
「端からそう言えや。噛み合わねえだろが」
「ごめんごめん」


適当に謝りながら、開いた音楽アプリの曲リストをスライドする。勝己に是非叩いて欲しいソロパートがあったはずなんだけど、どれだったか。


音楽は昔から好きだった。お母さんもお父さんもお兄ちゃんも何かしらの楽器が弾けたし、ちょっとした納戸にはスタジオよろしくアンプやらスピーカーなんかが所狭しと置いてある家で育った。

小学校三年生までピアノを習い、五年生でベースにシフトチェンジ。中学三年間はギターボーカルに徹し、小さな箱でちょこちょこライブをしたものだ。もし勝己がメンバーだったら、さぞかし面白いことになっていただろう。あんなに安定していてアレンジまで出来るのに、ステージに立たないなんて勿体ない。


「あ」
「あ?」


やっと見つけた曲名をタップして、勝己の腕をぽふぽふ叩く。少しだけ屈んでくれたその耳へ、繋いだイヤホンの片方をつけた。

力強いタム回しに、アクセントの効いたリムショット。存在感のあるツーバス。絶妙なタイミングのハイハット。変則的でいて崩れを知らないリズム。絶対的な安定感と流動感が、心を高揚とさせる。勝己のドラムを聞いた瞬間、一番に似合いそうだと思ったビート。


「どう?」
「悪くねえ」


良し良し。反応は上々。

じゃあ今度スタジオ行こうって、勝己の日程をおさえる。折角だからついでに響香ちゃんも引っ張っていって、当時のメンバーも呼んでみよう。なんてスマホをいじっていたら、横から伸びてきた手にぶんどられた。


「ちょっと何すんの」
「うるせえ。モブ共呼びやがったら殺す」
「えー」
「えーじゃねえ」
「俺のビートだけ聴いてろって?」
「気色わりぃ言い方すんな死ねカス」
「生きる」
「死ね」
「生きる」
「殺す」
「生きる」


なんだかデジャヴな押し問答の末、先に折れたのはやっぱり勝己の方だった。分かった分かった。二人っきりのスタジオデートに変更します。



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