透明にふれていたい




思ったよりも足が上がらなくて躓いた瞬間、横から伸びてきた腕に支えられた。視界の端で揺れる菫色の髪。ふわりと香る柔軟剤の匂い。


「ありがとー心操くん」
「どういたしまして。気を付けなよ」
「はーい。なんかガッシリしたね」
「まあ、鍛えてるからね」


ヒーロー科編入を目指して、毎日相澤先生と特訓しているからか。久しぶりに触れた心操くんの腕は、びっくりするくらい筋肉質になっていた。良く見れば手の甲は擦り傷だらけ。爪だって割れている。戦闘向きの個性ではない分、生身での戦闘訓練はきっと大変なんだろう。捕縛布って難しそうだし、頑張ってるんだなあ。

「これ痛くない?」って指の節をなぞる。返ってきたのはお決まりの「大丈夫だよ」。

心操くんはいつもいつも"大丈夫"が得意だ。誰かに頼るってことを知らなくて、自分の考えがしっかりあって、純粋で真っ直ぐで。だから、私から手を差し伸べる時、言い方を間違っちゃいけない。


「ねえ、練習台になってくれない?」
「え、みょうじの?」
「うん。今ね、古い傷も治せるように練習してるとこなの」


私の個性はリカバリーガールと同等。触れることで、あらゆる細胞の再生を促進するのだ。戦えないからって普通科に入学したけれど、治癒系はどうやら希少価値が高いらしく、結構初期から特別枠でリカバリーガールの指導を受けている。このことは極一部の人しか知らない。担任の先生とリカバリーガールと校長と、それから心操くん。

考えるように口を結んだ彼に、首を傾げる。


「ダメ?」
「いや、ダメじゃないけど、相澤先生に指摘されたらどう言おうかと思って……」
「そのまま言ってくれていいよ?」
「でも秘密なんだろ」
「基本ね。外部に漏れないようにーってだけだから、先生なら大丈夫だよ。きっと」


微笑みながら、傷だらけの手を引く。小さなところによく気がついて、透明な思いやりと優しさを惜しみなく差し出せる心操くんが、私は好きだった。



※夢BOXより【心操くんとほのぼの】




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