夜景を見ながらディナーデート
いつもと違ったスーツ姿の廻さんに連れられ、巷で有名な高層ビルへ足を踏み入れる。
「治崎様。お待ちしておりました」
頭を下げた男に続いてエレベーターへ乗り込めば、特有の浮遊感が胸元を襲った。ヒールを包むカーペットは、気品溢れるワインレッド。黒を基調とした店内をシャンデリアが煌々と照らす中、耳障りの良い落ち着いたジャズが、今にも飛び出そうな心臓をゆったり宥める。
「こちらです」
そう微笑んだ男が扉を開けた刹那、息を呑んだ。
地上四十二階。眼下一面に敷き詰められた無数の光。白に黄色、紫や青、赤、オレンジ。到底数えきれないネオンに彩られた煌びやかな街が、遥か地平線まで広がっている。幾つものビルが夜空を照らし、高速道路を走る車はまるで流れ星。
テーブルの上で、キャンドルがゆらり。
「なまえ」
絶世の夜景を背に差し出された手。平然と私を呼ぶ廻さんは、ドラマや映画から抜け出てきたようで、思わず胸が詰まった。本当いっそ憎らしいくらい、どこまでも絵になる人。
呼吸の仕方をなんとか思い出しながら、そっと触れる。促されるままにソファへ座ると、程なくして控えめなノック音が大気を渡り、グラスが添えられた。
「良かったの?」
「ん?」
「こんな高級なとこ……しかも個室」
「お前が行ってみたいと言ったんだろ」
「まあ言ったけど……」
「大した額でもない。気にするな」
悠々とワインを嗜む横顔に「ありがと」って微笑む。
なんでもない日常の、なんでもない日々の隙間。暇潰しに見ていたディナー特集にぼやいただけの言葉を、まさか覚えていてくれただなんて。たぶん、脂身が得意でないこともしっかり把握されているのだろう。特集ページで目にしたコースのメイン料理は、お肉からお造りに変わっていた。
以前玄野が言っていた通り、どうやら私は、とっても大事にされているらしい。
「嬉しそうだな」
「だって嬉しいもん。そんな顔に出てる?」
「ああ」
肯いた彼の目元が静かに和らぐ。伸ばされた指先へ、照れ隠しに擦り寄ってみれば「猫かお前は」と、珍しく笑った。
※夢BOXより【治崎さんと夜景を見ながらのディナーデート】
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