死んだ筈の恋人と再会




雪が降ると、思い出す。

寒いより冷たい方が良い。そんな訳の分からないことを綺麗に紡ぐ、少し低い落ち着いた声。さらりと流れる薄茶色の髪。降り頻る雪の中『消太』と差し出された華奢な手。渋る俺にアーモンド型の瞳をゆるやかに細めては『私のこと好き?』と悪戯に笑う、もう、触れるどころか目にすることさえ叶わない、愛しい姿。


高校三年の冬、彼女は死んだ。一般人の個性事故に巻き込まれたのだと、登校して直ぐに知った。

彼女の席には花が置かれ、三日後、まるで最初から何もなかったかのように撤去された。共にヒーローを目指していた仲間に対して、あまりに無情ではないかと当時はひどく憤慨したものだが、まあ教える立場となった今は、あれが一番合理的だったなと思う。その証拠に世間は彼女を忘れ、時代は進んだ。ただ俺の中に残った記憶だけが、今も風化することなく息づいている。


次に進め。そんな言葉は何度も聞いた。けれど彼女を、なまえを忘れることなど出来そうもなかった。

何に置いても中途半端で腐っていた俺の背中を押しては励ましてくれた。好きだと言ってくれた。自暴自棄になって振り払おうとした手を、それでもずっと握りながら傍にいてくれた。決して過大評価でも美化でも何でもなく、なまえは俺にとって、全てだった。



しんしんと降り続ける雪から顔を逸らす。なまえの残影をそっと瞼の裏へ仕舞う。プロとして、教師としてここにいる間は、感傷的になるべきではない。ゼリー飲料を胃におさめ、息を吐く。仕事をしよう。そう座り直した瞬間、唐突に飛び込んできたのは、マイクの騒々しい声。


「イレイザー! おいイレイザー!」
「何度も呼ぶな。聞こえてる」
「やべえぜ! ビッグニュースだ!」
「は?」
「早く来いよ!」
「先に用件を言え」
「良いから来いって! 仕事してる場合じゃねえぜ!」
「っちょ、」


バタバタ寄ってきたかと思えば腕を引っ掴まれ、問答無用で連れられた先は応接室前。どうやら、珍しく俺に来客らしい。

いつになく興奮気味のマイクは「後は気にしねえで良いからな。お前のクラスは上手くやっとくからよ」と無駄なウインクを寄越し、颯爽と戻っていった。まるで嵐が去ったような静けさの中、こぼれかけた溜息を呑み込む。あの言い草から察するに、長引きそうな客、と言うことか。思い当たる節などなく、些か面倒に感じながらノックをする。


「失礼します」


ノブを下げ、ゆっくり開いた扉の向こう。奥のソファーが視界に映り、腰掛けているその横顔がゆるやかに振り向く。さらりと垂れた薄茶色の髪。透き通るような肌。見知ったアーモンド型の瞳が細まって「消太」と響く、落ち着いた音。

幽霊でも、見ているのかと思った。

一瞬呼吸が止まり、思考が飛ぶ。返事一つ出来ないでいる俺に対し、彼女は、記憶の中よりもずっと大人びた顔でくすくす笑った。


「なあにその顔。もっと泣いて喜んでくれると思ったのに」
「……なまえ」
「そうだよ」


言葉は浮かばない。ただ足が進もうとするまま、一歩ずつ歩み寄る。俺に合わせて立ち上がったなまえへ、そっと手を伸ばす。触れた頬は温かかった。記憶と違わず華奢な体躯を引き寄せれば、確かな鼓動が伝わった。


「消太?」


生きている。じわじわ湧き上がるのは、そんな、およそ信じ難い実感。まるで比例するように視界が滲んで、瞼をおろす。

俺の背中を優しく叩いたなまえは「なんかガッシリしたね」と笑った。笑っていることが顔を見なくても分かる感覚が、懐かしかった。


「死んだんじゃなかったのか」
「うん。でも死にそうだったよ。意識は直ぐに戻ったんだけど、体がね」
「……ずっと療養してたのか」
「そ。皆の邪魔にならないように、雄英内では死んだってことにしたの。実際いつ死ぬか分かんなかったから」
「……」
「本当はね、会いに来ないつもりだった」
「……?」
「消太が新しい幸せを掴めてるなら、それでいいやって。でもちょっと気になってリカバリーガールに聞いたらさ、恋人すら作ってないって言うじゃない?」
「……」
「もう嬉しくって可笑しくって、会いにきちゃった」


私のこと大好きじゃんね。

そう茶化しながら身じろいだなまえの意図を察し、抱いている腕の力を強める。案の定「顔見たいんだけど」とあがった抗議には「後でな」とだけ返した。未だ胸を覆ったままの戸惑いとどんどん膨れ上がる愛おしさで、もうどうにかなりそうだった。



※夢BOXより【学生の時に個性事故で死んだと思っていた同級生の彼女が実は生きていて再会する話】




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