射さなかった光の代わり




弔の顎が、左肩に乗った。売上金を数える私の手元を、じいっと見ている。視界の端にいるなあってだけでハッキリと表情は読み取れないけれど、なんとなくそんな気がした。

パチン。最後の一枚を指で弾く。


「合ってたか」
「うん。きっちり十七万三千円」


自分が束ねている組織の売上だっていうのに興味がないのか。適当な相槌を打った彼の両腕が、お腹へ回される。相変わらず中指は浮かせたまま。くっつきたい気分なのか何なのか。良く分からない。彼の考えていることなど分かった試しがない。ので、片手間に頭を撫でておく。ごろごろ喉でも鳴らしそうな勢いで擦り寄せられた肌は、カサついていた。


「弔さぁ、アレルギーでももってる?」
「は?」
「お肌ガッサガサだから、埃とかアトピーとかあるのかなあと思って」
「知らねえ」
「痒くなるんだっけ?」
「たまにな」
「あんまり酷いようなら皮膚科行きなよ。付き添ったげるから」
「……やだ」
「なんで」
「面倒だろ」
「えー」


金庫を閉める。くっついたまま駄々をこねる弔が離れる様子はない。低体温同士とはいえ、触れ続けている背中が、じんわり熱を孕む。

煩わしくはなかった。弔に必要とされている優越感は、この生きづらい世の中で唯一呼吸の仕方を教えてくれる。美人でもなければ別段賢くもない私の何が気に入ったのか。不思議なことに、いつもこうして籠の中で可愛がってくれる。自分のことは大事にしようとしないくせに、こんな私のことを大切だと言う。物好きな人。世界で一番、愛しい人。


「弔」


名前を呼んで、柔らかい猫っ毛をくしゃくしゃ撫でる。応えるように少しだけ緩められた腕の中で、反転。「これでも心配してるんだよ」とガサガサの唇を撫でてやれば「知ってる」なんて、赤い瞳が嬉しそうに細まった。



title 約30の嘘




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