ミスジョークに嫉妬




”結婚しよ”


現場でミスジョークの言葉を耳にする度、その人は私のだって、大声で叫んでしまいたくなる。もちろんそんなことは口が裂けてもしない。メディア嫌いな彼のためであり、ヒーローである互いのため。大切な存在が世間に露呈すれば、それだけリスクも高くなる。

たとえば、夫婦であることを公にして活動しているヒーローは、子どもにまで最大限気を配らなければならない。傷付けられないよう、攫われないよう、殺されないよう。そんな面倒なことは彼にとっても私にとっても、合理的ではなかった。二人で決めたわけではない。ただの暗黙の了解。言葉はなくても繋がっていられる。だからこそ、大切なものを作ることに対してひどく臆病な彼と、こうして恋仲になれたのだ。私と彼は、そういった面で良く似ていた。


「よし!結婚しよう!」
「しない」


最早挨拶のようなもの。おはようとか久しぶりとか、そんな言葉と大差はない。本来なら面倒くさがって軽く流しそうな消太も、都度ハッキリ断ってくれている。きっと私に対する配慮だろう。その証拠に、ちらりと寄越される視線は私の様子を気にしてくれていた。

別に大丈夫。もうプロになって五年。付き合い立ての頃よりは大人になったつもりでいる。ミスジョークにも悪気はない。そもそも私と消太が付き合っていることすら彼女は知らないのだから、仮に彼女が消太を好きだったとしても、関係を伝えていない私たちにこそ非があるのかもしれないとさえ思う。ただやっぱり、ちょっと近くないですかね。ジョークさん。その真っ黒いボサボサ頭、私のなんですよ。


「イレイザーさん」
「何だ」
「結婚しよ」
「……」
「……」
「……俺で遊ぶな」


さすがは仕事モードのイレイザーヘッド。たぶん心の中は大パニックだろうのに、たっぷり空けた数秒の間に平静を取り戻し、私の言葉ごと冗談にしてくれた。そうだね。こんな場じゃ、誰が聞いてるか分かんないもんね。それが最善策だって私も思ったから「ごめんごめん」って軽く笑う。

まあとりあえず消太は拒否しなかったし、目を真ん丸にしているミスジョークにはなんとなく伝わっただろうから、今日のところはこれで良しとしよう。次に彼女と会う時は、彼の薬指を私が占領していれば良いだけの話だった。




※夢BOXより【相澤の同僚年下彼女がミスジョークに嫉妬する】




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