この世で一番やさしい手を知っている




ぼんやり浮上する意識の中、一番初めに認識したのはベッドの上だってこと。手触りのいい真っ黒なシーツに、ふかふかの毛布。徐々に鮮明になっていくはずの視界がぼやけたままなのは、全身を覆うこの気だるさと妙な熱さのせいか。頭がぼうっとして、息がしづらい。熱いのに、寒い。

背を丸めて毛布に埋まれば、視界の端で扉が開いた。


「なまえ、まだ寝とんか」
「かつき……?」
「起きてんな。具合は?」
「んー……熱ある、かな」
「だろうな。顔赤え」


脇に座って頬杖をついた彼の眉間に、いつものようなシワはなかった。どちらかと言うと呆れが勝っているのだろう。「たく、ぶっ倒れるくれえなら休めやカス……」って溜息混じりの声に苦笑する。

そうだ。私、倒れたんだ。
目覚めた時から既に違和感があった体に鞭を打って登校したはいいけれど、勝己の顔を見た途端ふっと気が緩んで、意識ごと手放してしまったんだ。なんとも申し訳ない。


「ごめんね。心配した?」
「ったりめえだろザコ。クソ焦ったわ」
「えっ……」
「んだよ」
「や、なんか、そんな感じに言ってくれると思ってなくて……」


てっきり辛辣な言葉や憎まれ口が返ってくるとばかり予想していただけに、驚きと喜びが募りに募って恥ずかしくなる。そりゃあ目の前で人が倒れたら誰だって焦るだろうけど、まさかこんなドストレートに欲しかった言葉をくれるだなんて、なんだか得した気分だ。余程心配してくれたらしい。きっと、ベッドまで運んでくれたのも勝己なんだろう。だってここは、私の部屋でも女の子達の部屋でもない、勝己の部屋。

ベッドまで占領してごめんね、と謝れば「別に。一緒に寝る方が、何かあった時すぐ分かんだろ」と、これまた意外なセリフが寄越された。仮にこの熱が風邪だったとして、もし移ったらどうするの、なんてことはどうやら考えないらしい。まあ勝己のことだから、俺はそんなヤワじゃねえスタンスかな。てめえ如きの風邪が俺に移るわけねえだろ調子乗んな、くらいは言いそうだ。


「粥なら食えそうか?」
「食べれる……と思う」
「なら持ってきてやっから、食えるだけ食って薬飲んでとっとと寝ろ」


大きな手に、くしゃくしゃ髪を掻き撫ぜられる。さっきまで胸中に渦巻いていた驚きや恥ずかしさが薄れ、安心感が膨れ上がったせいか。再びぼうっとし始めた意識の中、それでも心は幸せだった。



title 失青



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