猫まみれ




立っているだけで汗がふき出ていた夏が過ぎ、ブレザーがなければ肌寒く感じるようになったこの季節。陽の当たる芝生でのお昼寝が最高に気持ちいいことは、たぶん私と野良猫さんしか知らない。

気付けばわらわら寄ってきていた数匹の猫に囲まれ、あるいはお腹や腕や脚なんかを敷かれながら目を閉じる。瞬間、顔に乗ってきたもふもふな重みに、思わず笑ってしまった。首にぐでーんと乗られて息がしにくいことは今まで何度かあったけれど、まさか顔面を塞がれるとは予想外だ。もふもふが本当に気持ちいいけれど、さすがにちょっと毛がこそばゆいし呼吸が辛い。


猫さんや、ってもごもごしながらお尻であろう丸みを撫でる。と、すぐそこで芝生を踏む音がした。誰か来たんだろう。生徒かな。先生かな。もうこの際誰でもいいから、ちょっとこの子を退けて欲しい。

気付いてくれる期待を込めて軽く手を振ってみせれば、少しの沈黙の後。無事に猫を退けてくれて、視界が明るくなる。「幸せな奴だな」と聞こえた声は、良く知るものだった。


「こんにちは、消太先生」
「校内で名前を呼ぶな」
「良いじゃないですか。私と先生しか居ませんよ」


少し眉を寄せた消太先生は「猫がいるだろ」と、隣に座った。どうやら私に会いに来てくれたわけではなく、猫と遊びに来ただけらしい。腰には猫じゃらしが差さっているし、ガサガサ取り出された袋は猫用のおやつだった。

お昼寝モードだった筈の猫さん達はさすがの反応。ぴくりと耳が震えたかと思えば、消太先生のお膝元へわらわら。にゃあ、なんて可愛らしく鳴いておやつをねだる姿は、例え人間でないとは言え、ちょっと妬ける。君達にデレデレなその人は、私の彼氏さんなんですよ。なんて。


「にゃあ」
「…………」
「ちょっと何ですかその顔。地味に傷付くんですけど」
「………いや、悪い。驚いたもんで」
「いやいや、絶対ビックリしたって感じの顔じゃなかったじゃないですか」


それはそれは稀有な生き物でも見たかのような、なんとも表現しがたい表情に口が尖る。猫に交じってみたら可愛がってくれるかなって思った私がバカみたいだ。どうせ消太先生のお目当ては猫達で、消太先生が好きなのは、自然と猫を寄せ付けるこの個性なんだろう。きっと私が好きなわけじゃない。私なんかプラスアルファ。

芝生を転がって、先生のお膝から離れる。背を向けながら目を閉じれば、小さな溜息が降ってきた。ついで、私の鼓膜を魅了してやまない低音が「なまえ」と呼ぶ。本当に二人っきりの時しか呼ばないくせに。さっき二人っきりだって言ったら、猫がいるって否定したくせに。なんなんだもう。


私がその声に心底弱いことを知っている消太先生は、もう一度「なまえ」と言った。さっきよりも近く。すぐ上から聞こえたそれは「あんまり可愛いことしてくれるなよ」と、私の顔に猫を乗せた。



※夢BOXより【猫まみれな生徒と相澤先生】




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