アホの子と荼毘さん




「だびさんだびさん」と、舌っ足らずな声に顔を向ける。ビルの陰からとっとっとっなんて軽快な足音を響かせて寄ってきたなまえは「お腹ぺこぺこです」と、薄っぺらい腹をさすった。


「お前さっき食ってただろ」
「え、そうでしたっけ?」
「なんか、大根とかちくわとか」
「ああ、おでん!」
「それ」
「美味しかったです! でもご飯が食べたいです」
「おでんはご飯じゃねえのか」
「やだなあだびさん。おやつに決まってるじゃないですか」


いや、決まってはねえだろ。
むしろおでんは飯だろ。

とは思うものの、突っ込むのは心の中だけに留めておく。この女とまともに話をするだけ疲れるのは身をもって知っていた。まあ、適当に構う分には面白い奴だ。虫も殺せないような顔をして、人間を燃料に煌々と燃える青い炎で暖を取る。随分とズレた感性をしているが『だびさん好きです』と時折真っ直ぐに向けられる好意は、不思議と煩わしくなかった。


腕に絡まった、なまえの細い腕。どこかへ食べに行こうと言う割に、もう行き先は決めてあるらしい。ぐいぐい引っ張られるまま「金はねえぞ」とついていく。分かってますよ、なんて生意気な口が弧を描く。


「私のお家で出前でもとりましょー」
「手料理じゃねえのか」
「えっ、食べたいなら頑張りますよ?」
「いや、いい。下手そう」
「失礼な! これでも自炊得意ですー」
「イメージねえな」
「だびさんこそ、手料理食べるイメージないですよ」
「まあ、未来の嫁のしか食わねえって決めてるし」
「え!? じゃあ無理やり食べさせたら私がお嫁さんになれるってことです!?」
「嘘だバーカ」
「ええぇ……期待したのに……」


あからさまに肩を落とす様子に、思わず笑ってしまった。ほんと俺のこと好きだなこいつ。こんな男のどこが良いんだか、まるで気が知れない。が、まあ、やっぱり悪い気はしなかった。



※夢BOXより【アホの子と荼毘さん】




back