初めて手を繋ぐ




三歩前を颯爽と歩く広い背中へ、小走りでついていく。短い私の足じゃあ残念ながら追い付けない。彼の隣へ並べるのは、赤信号で止まる極僅かな間だけ。

歩幅を合わせるとか、速度を緩めるとか。たとえ想いを伝え合った仲だとしても、廻さんはあんまりしない。唯一向けられる優しさと言えば、時折振り返って、私が後ろにいることを確認するくらいの小さなものだった。それくらいで丁度良かった。あの廻さんが気にかけてくれている事実だけで、今日も私は滞りなく息が出来る。なのに。


「え、っと」


人が溢れるスクランブル交差点。視界の真ん中には、横断歩道の白と手袋の白。いつものように振り返った廻さんから差し出された手に、思わず足が止まった。脳内を覆うのは、困惑。すぐ横を通り過ぎていく雑踏に私達を気にかける暇なんてないようで、見上げた彼の瞳は至って静か。

手を繋いでくれるってことかな。

おそるおそる指を伸ばし、大きな手のひらへ触れる。私の解釈は、どうやら間違っていなかったらしい。握る、と言うにはあまりにも柔らかな力加減。初めて繋がれた彼の手は想像通り節張っていて、想像よりもずっと、男の人だった。


「はぐれないように、ですか?」
「……」

気を抜けば緩んでしまいそうな頬を引き締めながら、やっぱり小走りで半歩後ろをついていく。廻さんは振り向かなかった。視線を下げることもなく、ただ私の手を引いたまま、点滅し始めた青信号を渡りきる。大通りを抜け、ビル風が吹き溜まる路地裏へ。

繋ぐ必要がなくなっても、いつの間にか私の熱が移ったその手が離されることはなかった。



※夢BOXより【治崎と初めて手を繋ぐ】




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