この世で最もうつくしい空白




包帯だらけの勝己に、何を言えばいいのか分からなかった。たぶん色んな思いが綯い交ぜになって、頭も心も体もあべこべ状態。ろくに考えられたものじゃない。それなのに意外と冷静なまま、どこか客観的に見ている自分がいる。

無事で嬉しい。無茶はしないでほしい。そんな最小限の二択さえ選べず、開きかけた口を閉じる。

生きていて良かった、なんて冷たいだろうか。私が死の淵を彷徨って目覚めた時、勝己ならなんて言うだろう。そもそも傍にいてくれるだろうか。漫画やドラマみたいに、ベッド脇で手を握って待っていてくれるだろうか。あんまり想像つかないなあ。


「おいなまえ、そこいんだろ」


響いた低声。ぞろぞろ病室に入った皆の後ろへ未だ隠れるようにして突っ立っていた私を、それでも彼は見つけたらしい。「うん」と返事をしつつ前に出る。ベッドへ腰掛けている勝己は顔を合わせるや否や、いつも通り眉根を寄せた。


「何遠慮しとんだ。普通テメェが一番先じゃねえんか」
「そう、だよね」
「……ンだその腑抜けた返事とツラは」
「や、さ……ずっとなんて言ったらいいか考えてるんだけど、なんか、放心状態に近いっていうか……」


やっぱり上手く言葉が出ない。どころか、勝己を見下ろすなんて何ヶ月ぶりだろうとか、そんなことにばかり思考が逸れていく。考えることを放棄したいわけじゃないのに、どうしても意思に沿わない。これが現実逃避ってやつか。

別に逃避しなくたって勝己は生きている。ボロボロだけど一応ちゃんと五体満足。声帯だって死んでいない。じゃあどうしてこんなにも私が私でないような、ふわふわした感覚が抜けないのか。まだ“生きている”って実感するための確定因子を収集している途中なのか、それとも処理し切れていないのか。

困ったな。とうとう喉が詰まってしまった。皆がいる中、あんまり心配させてしまうような素振りは見せたくないのだけれど、こればっかりはどうしようもない。


「ごめん」


なんにも思いつかないまま仕方なく謝ると、勝己は大きく舌を打った。シーツの上、少し後ろへお尻をずらし足を広げる。そうして膝の間に作った隙間を軽く叩き「来い」と呼んだ。


「いいの?」
「ン」
「傷に響いたりしない?」
「初っ端そいつら引きずったくれえだ。女一人どうってことねえ」
「そっか」


お言葉に甘え、片膝を乗り上げる。額を筋肉質な肩口に当てつつ、そっと寄り添えば、まるで包み込むようにやんわり抱き締めてくれた。

珍しい力加減に瞠目。平均より幾分か高い、勝己特有の良く知る体温が皮膚の下へと染み渡る。鼓動が二つ重なって、ああ生きてるんだって理解して、ようやく第三者だった私が戻ってくる。


「……テメェ怪我は」
「軽傷だよ。前線じゃなかったし、ちょっと擦ったくらい。転んだのと変わんない」


どうやら気を遣っていたらしい。度合いを聞いて強まった腕にぐっと腰を抱き寄せられ、自然と上体が持ち上がった。急な膝立ち姿勢に戸惑っていれば、今度は勝己の鼻先が私の首元へ埋まる。深く息を吸い、吐き出すと共に下がる撫で肩。

後ろの皆は黙っていた。普段なら茶化すだろうところ、誰一人として私と勝己の安寧を乱そうとはしなかった。



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