冷めない熱を抱いて




無事に定時退社を決めた帰り。車の中で確認した画面には、新着メッセージが一件。目にするだけ。たったそれだけで、私の全意識を容易くさらってしまえるその名前からは、時間と場所だけが送られてきていた。

たぶん、この時間にここに来いって意味。相変わらず私の都合なんてお構いなしで愛想もへったくれもないけれど、全身を覆う疲労感がふんわり緩和されるくらいには嬉しかった。だって今日という日は、一年に一度。私が生まれた、ちょっとだけ特別な気分になれる日だった。


お気に入りの曲を流しながら帰路へ着き、軽く化粧を直して、秋色のワンピースに袖を通す。ブーツを履くには、まだ早いかな。今年は暑さが尾を引いている。玄関でうんうん悩んで少し。結局、いつものパンプスを引っかけた。


指定されたのは、近所の商店街。

いつだったか、一緒にイルミネーションを見て、写真を撮って、二人揃ってほかほかコロッケを頬張ったお肉屋さんの前に、彼はいた。


「爆豪くん!」
「チッ、声がでけぇわクソなまえ」
「あ、ごめん……」
「アホ」


帽子の鍔を摘む姿に、慌てて周囲を窺う。

そうだった。今はもう、雄英高校ヒーロー科の爆豪勝己ではない。あちこちへ引っ張りだこであり、迂闊に名前を呼ぼうものならマスコミが飛んでくるプロヒーローだ。まあでも、そこはさすが田舎。幸い人通りはなく、店も殆ど閉まっている。

都会とは違う、独特の静けさが漂う空気の中、爆豪くんは短く息を吐いた。


「その"バクゴーくん"っての、いい加減やめろ」
「え……?」
「外で呼ばれっと目立つんだよ。勝己でいい」
「か、かつき」
「あ?」
「………」
「……たく、いちいち照れんな」
「っだ、だって、」


呼び慣れてないんだから、仕方ないでしょ。そんな照れ隠しは、声にならなかった。

回された腕、塞がれた視界、温かい体温、甘い香り。何もかも、随分大人びたそれら全てにぎゅうっと抱き締められて、鼓動が大きく乱れる。


「なまえ」


そう、心底愛おしげに私を呼ぶ低音が、まるでらしくなくて笑ってしまいそう。けれど、甘やかな痺れに侵された恋心はひどく素直で、真っ直ぐで、純粋で。好きだなあって気持ちだけがただただ溢れていって、意識が囚われて。


そうして、やっぱり以前よりも逞しくなった広い背中に、手を回そうとした瞬間。服へ滑らせた指に、小さな違和感。とは言え、未だに私を腕の中に収めている爆豪くんは、まだまだ離してくれそうにない。仕方なく指同士を擦り合わせ、冷たい金属の感触を認識する。中央がぽこっと盛り上がっているこれは、もしかして。


「……勝己くん」
「あ?」
「私の薬指に、何かはめた?」
「ああ、誕プレな。せいぜい大事にしろや」


失くすんじゃねえぞ、と耳元で笑った彼は、身も心も引っ括めた全私を器用に火照らせた。




(Happy birthday まむちゃん)



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