一足飛ばしの奇跡を重ねて




深夜も零時を過ぎた頃、まだ起きていた爆豪くんをそっと連れ出した。俺が運転してやろうかって珍しい申し出を、私から誘ったのだからと断って、穏やかな海岸沿いをゆったり走る。今日は月が大きい。

このままドライブもいいなあ、と。学生時代に好きだった懐かしい洋楽と古びたエンジン音に耳を傾けながら思案して、やめる。スポーツカーならいざ知らず、型落ちの軽自動車じゃ、あいにく格好がつかない。


「おりてみよっか」
「ん」


眠いのか、そういう気分なのか。憎まれ口すら忘れたまま頷いた爆豪くんは、窓の外を眺めていた。



シーズン時、たくさんの車が順番待ちをしている駐車場には、誰もいない。この間交換したばかりのヘッドライトを消灯させ、シートベルトをはずす。湿った夜風は案外涼しい。眼下に広がる海は、吸い寄せられるような月明かりを受けて、きらきら光っていた。


「みょうじ」


階段を下りる一歩手前。振り向いた爆豪くんから差し出された手を、少々驚きながら握る。

胸の底がちりちり焦げていくこの感覚は、今も昔も変わらない。変わらないのに、ずっとなんとなくで傍にいる。言葉もなく、触れる範囲もさして広くなく。それでも、鳥が飛べるように、人が歩けるように、魚が泳げるように、爆豪くんにとっての私も、私にとっての爆豪くんも同じだって、頭の隅で分かっていることを互いに知っている。



砂浜に残る、二人分の足跡。

波打ち際でサンダルを浸して「大人になったね」と、言葉を落とす。「二人揃ってオフだなんて、奇跡みたいだと思ってさ」って、連れ出した理由も、ついでに音にする。いつもは言わないこと。

鈍感じゃない爆豪くんには、それで十分だと思った。実際、十分だった。そう感じたのは、隣にいる深いルビーがとても優しく強かで、静かだったから。


「するか」
「何を?」
「てめぇ……分かっててわざと聞いてんだろ」
「うん」


悪戯に瞳を細めてみせれば、爆豪くんは呆れたように笑った。そうしてまた、眼差しが降ってくる。絡められた指が、じんわり熱い。


「いいのかよ」
「ん?」
「んな何でもねえ場所で」
「いいよ。今聞きたい」


安い奴、と下げられた片眉。息を吐いたその唇からもう一度聞こえたのは「するか」って、穏やかな声。


「結婚、するか」


薬指を撫でる指先が、やけに愛おしい。



back