透過された幸福




「ねえ、花火、見に行かない?」


そんな口実で電話をした。なんでもいいから、声が聞きたかった。もちろん一緒に花火も見たかったけれど、ただそれだけ。期待なんてしていなかったし、忙しいことも分かっている。だからいつも、多くは望まない。自分と仕事、その次に私。それで十分。

当然、断ってくれて良かった。
ただ声を聞くための口実が必要だっただけ。


スマートフォンを耳に押し当てながら、降りた沈黙に心の中で謝る。ごめん。困らせるつもりはなかったの。そう口を開きかけた時、聞こえた消太くんの気だるげな低音に耳を疑った。


『行くか』
「……え?」
『え?って、花火』


行きたいんだろ、と言われ、慌てて頷く。そのパターンの返事は、あいにく用意がない。戸惑う思考を深呼吸で宥める。試しに抓った頬は、ちゃんと痛かった。


「無理してない?」
『してないよ』
「そう……」
『何だ。嬉しくなさそうだな』
「そんなことないよ。嬉しい。嬉しいけど、びっくりしちゃって」
『びっくり?』
「断られると思ってたから……」


しぼんでいく声とともに息が漏れる。「本当にいいの?」って確認したら、消太くんは小さく笑った。ほんの少し、自嘲の色が滲む笑い方だった。


『お前、会いたいのは自分だけだと思ってないか』
「……それって、消太くんも思ってくれてるってこと?」
『まあ、そういうことだ』


とくとく高鳴る心音がやけに素直で、なんだか恥ずかしくなる。ただ声が聞きたかっただけなのに、嬉しい誤算だ。


寂しい思いをさせてるのは分かってる。
お前が我慢してることも、俺の為を思って文句一つ言えないでいることも。
甘えっぱなしで悪い。

そう、機械越しにぽつぽつ紡がれた言葉は、まるで懺悔のよう。


もちろん、仕事にも生徒にも、なんだかんだ一生懸命なありのままを好きになったのだから、全然構いやしない。むしろ、わざわざ言葉を選んでまで伝えようとしてくれていることが、嬉しいと思う。いつだって胸に残したまま、あまり吐露しようとしない消太くんのこと。たぶん、たくさん悩んでくれたのだろう。


「有難う」
『ん?』
「伝えてくれてってのと、花火」


楽しみだね、と、瞼を下ろす。返事はそれだけでいい。補い合える私たちに、そんなに多くの言葉は要らなかった。



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