代償に好きを忘れるなんて
ぴくり。小さく震えた耳が、私の視線を奪っていく。人より少しだけ尖っている、不思議な形。
触ったらどんな感じなんだろうって好奇心が、お腹の底でふつふつ燻る。耳たぶみたいにふにふにしているのか、ちゃんと軟骨があってこりこりしているのか、それとも形容出来ないような感触なのか。
触らせてってお願いしたら、許してくれるかな。
ほんの少しの期待と不安を胸に「環くん」と声をかける。目付きはあんまりよろしくないけれど、本当は誰よりも優しさを秘めている瞳に、私が映った。
「ちょっとお願いがあるんだけど」
「……俺でも叶えられそうなことかな」
「むしろ環くんしか叶えられないことだよ」
「?」
ぱちくりと瞬きをした不思議そうな表情が、なんだか可愛い。
ずい、と身を寄せるなり、びくりと強ばった肩。どこかへ泳いでいったその視線が戻って来た頃、耳を触らせてくださいって素直にお願いしたら、きょとんとしながら「なんだ、そんなこと…」って快諾してくれた。横を向いて大人しく見せてくれた耳の尖端へ、そっと手を伸ばす。指先でするするなぞった輪郭はなめらかで、皮膚の下にはちゃんと軟骨があるようだった。骨そのものがこういう形らしい。お伽噺で描かれるような妖精さんみたいだ。いいなあ。可愛い。
気になって気になって仕方がなかったことが一つ解消されて、自然と頬が緩んでいく。
「なまえ、く、くすぐったい…」
「あ、ごめんごめん」
「満足出来た……?」
「うん」
ふわふわ浮いていく心持ちに任せて「有難う」って抱き着く。みるみる内に真っ赤に茹で上がった環くんは、おそるおそる抱き締め返してくれた。
title by すいせい
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