錠がはずれる音がした




嘘でしょって言葉は、声にならなかった。
窓一つない真っ白な部屋の中。目前には、大きな錠前がついた鉄の扉。押しても叩いてもびくともしないそれに留められているプレートの文字を、二人揃って三度見する。


『解錠条件:同室者とキス』


どこかの本の中じゃあるまいし。そんな逃避を試みたところで、現実は変わらない。

気付いたらこの部屋の中にいた。否、部屋というよりは、箱と言った方が正しいかもしれない。とにかく全部が全部真っ白で、扉だけが異様に目立っている四角い空間。扉同様、試しに壁も叩いてみたけれど、やっぱりびくともしなかった。きっと、悪戯好きな誰かの個性だろう。


「……困ったね」
「……そうだね」


心操くんと顔を見合わせて、お互いなんとなく視線を逸らす。流れた沈黙が妙に気まずい。それでも、とくり、とくりと高鳴る鼓動は自分に正直だった。チャンスかもしれない、なんて。こんな状況にも関わらず、ちょっと期待してしまうのは、どうか許して欲しい。

だって、ずっと好きだった。

体育祭の活躍からこの方、のんびり話せる機会も時間も減ってしまったけれど、不意に向けられる優しさだったり遠慮がちな笑い方だったり、いろんな部分へ都度溢れる想いは、依然として募り続けている。ただ、心操くんの気持ちが分からない以上、踏み出す勇気はどうしても出なくて。だからもう、半ば諦めすら浮かんでいるのだけれど、もしこの条件を拒まれなければ。もし、嫌な顔一つせずに許容してくれたら、ちょっとは前へ進めそうな気がして。


「しんそ、くん」
「?なに」
「その……」
「……大丈夫。今、出られる方法考えてるから、みょうじさんは何も心配しなくていいよ」
「、そ、じゃなくて」
「?」


喉が変に引き攣るのは、恥ずかしさと緊張のせいか。心臓がばくばくうるさくて、手のひらが熱い。服の裾をぎゅっと握りながら覚悟を決めて、顔を上げる。


「心操くん、なら、いいよ、わたし」


何が、とは言わない。大きく見開かれたその瞳が、言わなくても伝わったことを教えてくれたから。

つい逃げてしまいそうになる足を必死で抑え、どんどんせり上がる熱に耐える。数秒間のフリーズ。ぱちぱちと瞬きを繰り返した心操くんの瞳が、一瞬の動揺を映す。「俺ならいいの…?」って再確認には、恥ずかしさでいっぱいいっぱいになりながらも、なんとか頷けた。途端に横へ泳いでいった視線。少し俯いて、口元を押さえて「あー……」と小さく唸るその耳が赤い。ううん、耳だけじゃない。指先も、首元も、頬も、目元も。


「みょうじ、さん」
「は、はい」
「その……大事にする、ので」
「……」
「俺と、付き合ってください」


嬉しい。嬉しい。嬉しい。
あまりに嬉しくって、どうしよう。

どうにかなってしまいそうなくらい溢れかえる幸福感に促されるまま、よろしくお願いしますってしっかり頷く。嬉しそうにはにかんだ心操くんは「一応順番はきっちりしときたくて」と、照れくさそうに言った。


伸ばされた指先が皮膚を滑り、ほんのり優しく頬へ添えられた手のひらが愛おしい。だんだん近付く眼差しに、きゅっと目を瞑る。

唇に柔らかな熱が触れた瞬間、ばくばくうるさい心音よりもずっと遠くで、ガシャン。



※夢BOXより【両片思い心操くんとキスしないと出られない部屋】




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