優しいひと
加湿器をつけて眠っていても、乾燥が喉を刺激する朝。ふとした瞬間に出た咳が止まらなくて、マスクの上から口元を覆う。
元々、花粉や砂塵に弱い体質だった。今日はなんとなく目も痒い。それでも授業がなくなることはなくて、もちろん、時間は平等に進んでいく。
「大丈夫か?」
「ん……」
「風邪?」
心配そうに寄ってきてくれたのは切島くんで、首を横に振る。
たとえマスクをしていても、息をする度に冷たい空気が流れ込んでくるのだから仕方ない。溢れそうな咳をなんとか嚥下してお礼を言えば「あんま無理すんなよ」と、背中をさすってくれた。
相変わらず優しい人だ。
風邪じゃないって言ってるのに、あっためた方が良いんじゃないかとカイロをくれたり、丁度咳が出始めた頃くらいから、いろいろ世話を焼いてくれるようになった。この季節も弱い気管も、ずっと嫌いだったけれど、こんな風に切島くんを独り占め出来るなら、まあいいかなあ、なんて。
「いつもごめんね」
「や、俺は全然いいんだけど、マジで辛そうだから……なんつーか……」
「放っとけない?」
「そう!そんな感じ」
パッとした明るい笑顔が可愛くて、かっこよくて、ついつられてしまう。まるで太陽みたいな切島くんといると、心までポカポカして、とてもあたたかい。
「有難う」と言えば、ギザギザの歯を覗かせて、嬉しそうに笑ってくれた。
そうして、前の席に腰を落ち着けた彼から「これ食べるか?」と差し出されたのど飴を受け取る。もしかして、私のために買ってくれたのだろうか。いつも貰ってばかりの申し訳なさにカバンの中を探ってみたけれど、あいにく持ち合わせがない。
「私も今度何か持ってくるね」
「え、いいっていいって!俺の勝手でやってんだし、みょうじが気にすることねぇよ」
「でも、お礼くらいしたいし……」
「礼ならさっき言ってくれただろ」
屈託なく向けられる笑顔の眩しさに、また一段と、心があたたかくなる。
三回目のお礼を言ってから、顔を逸らして咳を一つ。少し声を出しすぎたのか、立て続けに喉が引き攣ったけれど、切島くんが背中をさすってくれたおかげで、すぐに治まった。
「ほんとごめんね」
「気にすんなって。俺はみょうじと話せるだけで嬉しいぜ」
ああ、マスクをしていて良かった。
頬に集まる熱とともに、自然と緩んでいく締まりのない口元を見られる心配がないことに、そう、安堵した。