エマージェンシーラブロマンス



不安にならないで、なんて言葉は無意味だった。好きとか愛してるとか、貴方だけとか。そんな、つい溺れてしまいそうになる甘ったるい言葉でさえ、殆ど効力を持たない。


「他に良い人が出来たら、言って」


眉を下げ、顔は斜め四十五度下方。もうすっかり見慣れてしまった控えめな笑みは、定期的にやってくる不安と自問が押し寄せている証拠だった。

まるで潮の満ち干きみたいだと、ぼんやり思う。きっと優しいから、いろいろ考えて、いろいろ迷ってしまう。環から紡がれる言葉は、いつも同じ。


「ごめん。なまえが選んでくれたって分かってるけど、俺なんかで良いのかって……。好きだから、幸せになって欲しい……」


そんな悲しそうな顔をさせたいわけじゃなかった。本当は溜め込んでしまうタイプの環が、せっかく声に出してくれているのだから、不穏分子は全部拭ってあげたい。なのに、それでも言葉しか用意出来ない私は、じゃあどうしよう。いっそ既成事実でも作ってしまえば、なんて。


「ねえ、環」
「ん……?」
「結婚しよっか」
「!?」


大きく見開かれた瞳。
きっとこれから大勢の人の夢を背負っていくだろう背中へ手を回せば、途端に環の体が熱くなって、二人分の鼓動が重なった。


「ちょ、っなまえ、本気…?」
「うん」


だって、環以外との幸せなんて、その辺の石ころと変わらない。環が隣にいない幸せなんて考えられない。環さえいてくれるなら、特別なものなんて何も要らない。何も無くていい。無いままでいい。ただ欲しいのは、この温もりだけ。


「環をもらえるならとっても幸せなんだけど、いかがです?」


ぎゅうって抱き着きながら、お伺いを立ててみる。躊躇いがちに抱き締め返してくれた腕は優しく、耳元でぽそぽそこぼされた声はもう、到底不安なんて入り込めそうにないくらい、それはそれは恥ずかしそうだった。

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