お忘れなきようお願いします



やばい。電車。時間やばい。
日焼け止めもそこそこに慌てて眉毛を整え、スクールバッグを引っ掴む。「行ってきます!」と玄関を飛び出て、駅まで全力疾走するしかなかった私に、灰色の空を気にする余裕なんてなかった。


「やだなあ……」


結局無事に間に合ったはいいけれど、既に雨はぽつぽつ降り出していた。

まあ髪をセットする暇もなかったし、ちょっとくらい濡れた方がこの暑さもマシになるかな。幸い、まだ本降りじゃない。そう、霧雨の中へ踏み出したのがダメだった。やっぱりコンビニで傘を買えば良かったって後悔しながら濡れ鼠になり、校門をくぐって少し。「なまえ」って呼び止められた。


「おはよう研磨」
「おはよ…じゃなくて、ちょっとこっち」


珍しく行動的な研磨に腕を掴まれ、屋根のある死角へ引っ張りこまれる。後ろに壁、横に柱、前には研磨、なんて変な感じだ。

さっきから全然目を合わせてくれない彼は朝練終わりだろう。ごそごそタオルを取り出したかと思えば肩ごと覆われ「何でキャミ着てないの……」と溜息を吐かれた。俯いているその耳は、ちょっと赤い。これは、もしかして。


「……透けてた?」
「………若干」
「あー……ごめんね?今日寝坊しちゃって、いろいろ忘れたの」
「ほんと朝弱いし危機感薄いよね……。ジャージは持ってる?」
「のん……」
「だと思った。部活のしかないけど、まだ着てないから」


タオルの端を私に握らせ、差し出されたのは男子バレー部の赤いジャージ。ああ、恥ずかしい。こんなあからさまな彼ジャーを着て教室に行くだなんて、そりゃもう友達からの質問責め待ったなしだろうけれど、せっかくの好意を無碍には出来なかった。っていうか素直に有難かった。ほんと有難うね研磨。これからは気を付けるね。

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