呼吸を呑む白昼



名前を呼ばれて顔を向ければ、すぐそこに堅治の真剣な瞳。あ、って思った時にはもう、唇が触れていた。


「……っ、ちょ、」
「黙ってろ」


有無を言わせない声に、思わず身体が震える。引け気味な腰が捕らわれ、首裏を支えられ。心の準備すらさせてくれないキスの連続に高鳴った心臓が痛い。

付き合い始めて二ヶ月。そろそろだろうなとは思っていたし嬉しいけれど、実際そうなった今、緊張と焦りで上手く応えられない。あんなに調べたキスの仕方も思い出せない。


きゅっと目を瞑って、いっぱいいっぱいになりながら彼の胸元を掴んだ手すら呆気なくとられ、絡められた指。舌先から脳髄へ伝わる甘やかな痺れが、体内の温度をはね上げていく。チリチリ焦がれる恋心と比例して、小さく湧き上がったのは、醜い嫉妬。

ねえ、何でこんなに上手なの。何でこんなに慣れてるの。何で余裕なの。キスするのも手を繋ぐのも抱き締められることだって私は初めてなのに、堅治は全部、初めてじゃないの。


「っ堅治、待って、」
「だから黙、っておま、何泣いてんだよ……嫌だった?」
「ちがっ、そうじゃなくて」


漸く離された唇に向かう意識を遮りながら、頬を伝った涙を拭って、乱れた呼吸を整えて。彼の手を握りながら、不安が混じり始めた嫉妬を大人しく吐き出す。そんな私に与えられたのは、優しい言葉や慰めではなく、なかなかに痛いデコピンだった。


「俺もお前が初めてだバーカ。男が余裕ねえとかみっともねえ真似出来るかよ。察しろ」

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