溜息ふたつ分の幸福



今日も平和な一日を過ごす筈だった雄英高校ヒーロー科一年A組は、朝からざわついていた。浮いた話の一つもなく合理主義で有名な担任が、幼稚園児くらいの小さな子どもを片腕に乗せたまま入ってきたのだ。まさか隠し子ではと驚いた一同だったが、女児のくりっとした可愛らしい瞳はネモフィラのように鮮やかなブルーであり、相澤とは似ても似つかない。どころか、しっかり見覚えがあった。なぜか朝から姿がないクラスメート、みょうじなまえにそっくりである。


「個性事故で体が退化したみょうじだ」
「あ、だよな!ビックリしたー……」
「相澤先生の子どもかと思ったわ」
「うちも…全然似とらんやんってハテナいっぱいやった……」
「アホか。俺に子どもはいない」


溜息を吐いた相澤は、しっかり否定してからなまえを床におろした。

「二十四時間で戻るらしい。何かあったら助けてやってくれ」

そんな声を背景に、とてとて歩いて自分の席に座った彼女は人形のように愛らしく、クラス中の興味を惹くには十分だった。



抱っこしたい、と言い出したのは誰だったか。いろんな腕に抱かれ、既に疲れてきているなまえは、回らない頭の中でそっと溜息を吐いた。

可愛い可愛いと褒められるのは、素直に嬉しい。まさかあの轟くんまで膝に乗せてくれるとは夢にも思わなかったし、上鳴くんに上手いこと煽られ「ガキくれえ抱けるわ!ナメんなカス!」とズカズカ寄ってきた爆豪くんの抱き方が一番上手だったのもビックリした。物凄くあったかくて、何ならちょっと寝そうだった。さすが才能マン。ヤオモモちゃんの胸はふかふかだったし、事故に遭った瞬間はどうしようって焦ったけれど、意外に楽しい。

ただ、と。
切島の膝でうとうとしながら、なまえは思う。

ただ、相澤先生が最初に言った通り、退化したのは体だけ。中身は普通の高校一年生であり、しっかり記憶も引き継がれることだろう。当然今更言い出せるわけもなく、さっきからずっと黙ってはいるが、果たして体が戻った時にどんな顔で接すればいいのか。

ほんの少しの恥ずかしさに、なまえは再び、頭の中で溜息を吐いた。

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