予約済みの薬指



ベッドの端にそろそろ逃げて行った彼の前へ、乗り上げた膝を滑らせて近寄る。もう『また今度』なんて言わせないし、顔だって逸らさせやしない。背後には壁。前には私。逃げ場のないここは、人使くんの部屋。


「なまえ、近い」
「好き」
「……前にも聞いた」
「今日は誤魔化すの禁止ね」
「……」


嫌なら嫌ってハッキリ言ってくれればいいし、勘弁してって思ってるなら個性を使って退室でも何でもさせればいいのに、いつもいつも、どうして先延ばしにするのか。中途半端な優しさなら要らない。私はそんなに弱くない。


すみれ色の瞳が、ふよふよ泳ぐ。

それでも負けじと見つめ続けていれば、観念したように息を吐いた彼の肩が竦められた。「何で俺なんかが好きなのか分かんねぇんだけど」と前置きをした上で、ぽつぽつ零されていく心の断片。


押せ押せタイプと接するのは初めてで戸惑いはあるものの、少なくとも部屋に入れるくらいには、私に好意を抱いていること。嬉しいけれど、今は踏ん張らなきゃいけない時期であること。もういいって飽きられるのが怖くて、今まで明確な返事を避けていたこと。

言葉の選択一つ一つに気遣いが窺えて、こういうところが好きなんだよなあって思う。人の機微に敏感で、多方面から物事を考えられて。私には出来ないことを無意識に行える人。もちろん個性が個性だから、必然的にそうなってしまったのかもしれない。彼の過去が悲しいことは、随分と前に本人から聞いた。それでもヒーローを目指そうとしている芯の強さも、当然好きだった。


「待つよ」
「えっと……?」
「ヒーロー科編入決定までか、卒業までか、プロになるまでか。期間は分かんないけど、心操くんが踏ん張らなくていいって思えるその時まで」


あなたの隣を永久に予約しておいてくれるって言うなら、そんな未来が約束されるなら、いくらだって待てるんだよ。前にも言ったでしょ。人使くんが好きだって。簡単に諦められるくらいなら、こんなに迫ったりしないんだからね。

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