心臓くらい惜しくない



落ち着いた淡藤色の着物から覗く、真っ白な腕。少し痩せただろうか。風に遊ぶ髪をそうっと押さえる指は細くしなやかで、縁側から庭を眺める静かな瞳には相も変わらず、いろんな色が控えめに輝いている。


――オパールみたいで、綺麗ね。

なまえを紹介したつい三日前。病室でお母さんが言った言葉を、ふと思い出す。


「あら。お帰りなさい焦凍。お邪魔してます」
「ああ。ただいま」


俺に気付いたなまえは振り向いて、淑やかに品良く微笑んだ。きっと姉さんが用意してくれたのだろう。脇には手付かずの茶菓子と、汗をかいたグラス。夏の暑さなど微塵も感じさせない涼し気な姿に、風鈴の音が良く似合う。


「食べねぇのか?」
「待っていたのよ。焦凍と一緒に食べたくて」
「そうか。待たせて悪ぃ」
「謝ることないわ」


心底可笑しそうに、心底嬉しそうに。まるで俺と話すことが心地よくて仕方がないと言うように、なまえは口元を隠して、ころころと笑った。そこに透き通るような儚さこそ在れど、昔のような冷たさは、もう窺えない。


夢は俺が見せる。

そう豪語したあの瞬間から少しずつ、その綺麗な瞳に映る世界が、映るに値するほど鮮やかに色付いてきていることは明白で。そんな綺麗な景色の中、ゆったり息をしながら華が綻ぶように微笑むなまえに、俺の心はこれからも一生、掴み続けられるんだろう。

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