ゆっくり生まれた私の安息地



どこか遠く。意識の外側で呼び声がする。だんだん輪郭を明瞭に象るそれは男性特有の低音で、どこか艶っぽく硬い。内耳を伝い、頭の裏側。ぼんやりこだましては覚醒を促す、世界で一等愛しい声。


「なまえ」
「ん……消太くん……?」


重い瞼を擦りながら頭を持ち上げる。鮮明になっていくぼやけた視界の真ん中。呆れ顔の消太くんは「こたつで寝るな。風邪引くぞ」と、肩からずり落ちたブランケットをかけ直してくれた。一瞬舞い込んだ冷気に身震い。足元はぽかぽか暖かく、蜜柑の良い香りが鼻先を掠めた。

そうか。寝ちゃったのか。
まだ起き抜けの回らない口で謝罪を紡ぐ。


たまたま連休が取れて、せっかくだからいつも忙しい消太くんのお世話を焼こうと泊まりに来た。新妻よろしく掃除と洗濯を終わらせ、手料理を振る舞って。普段みたいにシャワーで済ませてしまわないよう先に沸かしておいたお風呂へ彼が入っている間、蜜柑を食べながらこたつでぬくぬくのんびり待っていた。のだけれど、どうやら睡魔には勝てなかったらしい。しかもまだ眠い。


「起きたんなら風呂に行け。自動、おいてる」
「んー……」
「なまえ。……?おい、こら」


生返事をしつつ、もそもそこたつ布団に潜り込む。肩までおさまったところで消太くんに額を弾かれた。嘘でしょ。結構痛い。


「指に鉄骨入ってる?」
「は?」


そこそこのガチトーンに「んん」って唸る。

だってさ。こたつは暖かいし頭はふわふわするし、何より消太くんがそこにいる。手を伸ばせば届く距離で私を呼ぶ。こんなに幸せなことって、きっと世界中のどこを探しても見つからない。どんな白馬の王子様だって消太くんには敵わない。不摂生を具現化したような、自分のことはいつも棚に上げて注意してくるような人だけれど、誰より誠実で優しくて、そのくせ不器用で。心の底から支えたいと思わせてくれる。


「なまえ」
「……んー……」
「起きなさい」
「……」
「たくこの子は……」


断念したのか、溜息を吐いた消太くんは隣に座った。長い足をこたつに潜らせテレビをつける。もう構ってくれないのかな。なんだかちょっと寂しくて、お風呂あがりのほかほかな太腿へ頭を乗せれば、何を言わずとも大きなその手で頭を撫でてくれた。


「寝るなよ」
「ふふ、はーい。もうちょっと堪能したら起きる」
「俺の膝をか?」
「うん」


頷いて、見上げる。私の即答具合が可笑しかったのだろう。消太くんは息を吐くように笑って口端を緩めた。「今風呂に行けば腕も貸してやるが……どうする?」なんて、全くもう。私の扱い、ずいぶん上手になったね。

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