剥き出しの感情をください



住宅地内公園で敵と接触。プロヒーローが来るまでの八分間、たった一人で交戦し死傷者ゼロ。建物被害も最小限に抑えた優秀なヒーロー仮免許所持者。

そう表彰される輝かしき第一回目が、まさか病院の一室だなんてなんとも情けない。

リカバリーガールの治療を受け疲労感満載なところ、それでもヒーローを志す者らしく愛想笑いを浮かべながら関係者各位を見送る。とはいえ気分は上々。飛んできた相澤先生とオールマイトに褒められ、心配して来てくれたクラスの皆も労ってくれた。それに。


「ねえ、そろそろ面会終わりじゃない?」
「せえな。わぁっとるわ」


脇の丸イスを陣取っている勝己が全く帰ろうとしない。器用に果物ナイフを使い、私の要望であるウサギさんリンゴを紙皿へ量産している。「そんな食べきれないんだけど」と言えば「誰が全部やるっつった」って睨まれた。自分も食べるつもりらしい。まあそれならいい。気怠さがのしかかる重い腕を上げ、リクライニング状態の枕に凭れながらしゃくしゃく摘む。美味しい。二玉むき終わった勝己は、綺麗にナイフを拭いてから引き出しに仕舞った。

眉間の皺は変わらずご健在。節張った指がウサギを一匹、口に放り込む。


「帰らないの?」
「……」


もぐもぐ動く左頬をちょっと可愛く思いながら首を傾ければ、更に睨まれた。いつもながら人相が悪い。でも声を荒げることなく無言を貫く時の勝己は、言いたいことを咀嚼して呑み込んで精査している場合が殆ど。リンゴを食べ進めながら大人しく待つ。やがて案の定「……病院」と、呟くように声を落とした。


「てめえ前に、嫌な思い出しかねえって言ってたじゃねえか」
「だからギリギリまで居てくれてるの?」


たった一音の簡素な肯定が、止まった空気を泳いで届く。


「それに、てめえが澄ました顔してる時はそこそこだりぃ時だろ。相澤先生から無茶したって聞いた」
「……まあ……相性悪かったから、しんどかったけど……」
「この俺が、考え無しにわざわざウサギさんリンゴなんざ作ってやると思ってんのか」
「……」
「なまえ。今は俺しかいねえ」


閉口した勝己の視線が痛い。言わんとしていることが何なのか、その続きにどういった台詞が用意されているのか。分からないほど馬鹿じゃない。そう理解しているからこそ、彼も多くを語らない。なんてつっけんどんな優しさか。

顔と声が一致してないよってツッコミは到底言えそうになく、けれどどんな答えが正解なのかも思いつけず。不甲斐ない自分自身と素直に甘えられもしないこんな女を律しながら支えようとする情愛に、ただ微笑む。


「ねえ、一個聞いてもいい?」
「ンだ」
「皆より来るのがちょっと遅かったのは、私が駄々こねた時泊まれるようにって準備してたから?」


隅に置かれたボストンバッグを一瞥で示せば、赤い双眼が細まった。組んだ膝上に片肘を立て、頬杖をつく。


「わぁってんならさっさと駄々こねろやクソカス」


そう口を尖らせた勝己はどうやらうんと心配してくれていて、今夜は存分に、甘やかしてくれるつもりらしかった。

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